障がい者スポーツを応援する:SPORTRAIT

ATHLETES' CORE

陸上(車いすレース/トラック種目)


彼は、世界一に「なりたい」のではない。「なる」のだ。
彼は、パラリンピックで金メダルを「獲りたい」のではない。「獲る」のだ。
車いす陸上界の若きエースは、その名の通り、「勝」ちへのこだわりは誰よりも強く、そしてその志は高い。
レーサーでの坂道。そのスピードは異次元だった。
 2011年、19歳の時に交通事故で車いす生活となった渡辺勝選手。車いす陸上を始めたのは、入院中、世界で活躍する車いすランナーたちに勧められたことがきっかけだった。しかし、はじめはあまり興味を持てなかったという。
「あまりにも先輩たちが楽しそうに陸上の話をするので、ひとまずやってみようかなと」
 始めた当初はそんな気持ちだった。

 ところが、そんな彼が陸上に目覚めた瞬間が訪れる。初めて坂道を走った時のことだった。行きの上りは、ただただ苦しいだけ。途中で何度も心が折れそうになりながら、それでもなんとか上り切った。そして、今度はそこからUターンをして、上ってきた坂を勢いよく下って行った。

 すると、想像を絶するほどのスピードに、思わず肩に力が入った。これまで一度も味わったことのないスピード感に、渡辺選手は恐怖を覚えた。それもそのはずだ。下り坂では時速50kmを超えることも少なくないのだ。しかし、恐怖心と同時に何とも言えない快感があった。坂を下り終わった時、渡辺選手は車いす陸上にしか味わえない魅力に、すっかりはまっていた。

すべては自分。だからこそ必要なブレない強さ
 もともと運動が得意だった渡辺選手は、ランナーとしての成長も早かった。2013年の世界選手権では10000mで銀メダルを獲得。競技を始めてわずか2年にして、世界のトップランナーたちと肩を並べるほどにまで成長した。そんな彼に試練が訪れたのは、さらなる飛躍が期待された2014年のことだった。

 10月、韓国・仁川で行われたアジアパラ競技大会。4年に一度、アジア最高峰の舞台であるこの大会、渡辺選手は4種目に出場したが、一度も表彰台に上がることはできなかった。とりわけ関係者を驚かせたのは、彼がメインとして臨んだ800mで予選落ちしたことだった。いったい、彼に何が起こっていたのか。

 実は、アジアパラの3カ月前、レーサーと呼ばれる競技用の車いすに改良を加えている。背もたれの部分にベルトをつけ、上体を安定させたのだ。世界のトップ選手のほとんどがしている改良で、渡辺選手に勧めてくれた先輩ランナーも、そのひとりだった。だが、彼には合わなかった。自分自身の体重をうまくタイヤに乗せ切れなくなったのだ。


 結局、自身の走りができないままアジアパラを迎えてしまった渡辺選手は、大会終了後、悔し涙を流した。

「アジアパラでの不甲斐ない成績の原因のひとつは『自分の信念がなかったから』だと思っています。先輩から勧められた時、僕は正直迷っていました。だったら、きちんと断るべきだったんです。もちろん、先輩方からのアドバイスはとてもありがたい。心の底から尊敬しているし、経験豊富な先輩方の話には聞く耳を持つべきです。でも、最後に決めるのはやっぱり自分。迷いながらやるというのは、真剣に助言してくれる先輩方にも失礼になる。ブレない強さが、いかに大事か、改めて思い知らされました」

 そして、彼はこう続けた。
「でも、あのアジアパラで自分を根本的に見直すことができたんです。改めて振り返ると、いろいろなところで自分の弱さが見えてきた。僕にとって、アジアパラでの敗北はとても価値あるものになりました」

将来を見据えた路線変更。世界一への布石
 アジアパラで自らの弱さを知った渡辺選手。それを糧として、今シーズン、新たにスタートを切った彼は、さらに進化した姿を見せている。1月のオーストラリア遠征では800メートルで優勝。さらに6月のスイス遠征では、出場した6種目中、5種目で自己ベストを更新してみせた。次に照準を置いているのは、10月、カタール・ドーハで行われる世界選手権だ。そこで来年のリオデジャネイロパラリンピックに向けた手応えをつかむつもりだ。

 渡辺選手にとって、競技における最大の目標はマラソンで世界一になること。しかし、昨年からメインをトラック競技、なかでも中距離の800メートルにしている。将来を見据えての冷静な判断からだ。
「マラソンのトップランナーたちを見ていると、ここぞという時に爆発力があるんです。だから、まずはトラック競技でスピードを強化していきたいと考えています」

 近年の車いすマラソンでは、勝負どころでどれだけスパートをかけることができるかにかかっている。競り合いの中での一瞬の爆発力が、勝敗のカギを握っているからだ。そのため、マラソンの世界トップランナーたちはトラック競技でも成績を残していることが多い。渡辺選手はそのことを冷静に見定め、今の時点ではメインをマラソンからトラックへと路線変更するという勇断を下したのである。来年のリオでは、トラック競技で世界一を目指す。

 彼は言う。

「世界一になりたいと言っているような人は、なれないと思うんです。それでなれるほど、甘いものではありません。僕は世界一になりたいんじゃなくて、なるんです。その目標を達成させるために自分自身と真剣に向き合い、努力を重ね、競技を極めていきます。僕が見ているのは常に世界一。そしてパラリンピックでの頂点だけです」

 そして、こう続けた。
「最近ふと思ったんです。オレって幸せ者だよなって。自分が好きで始めたことを、これだけ思い切りできるんですからね。もちろん、苦しいこともたくさんありますけど、すべては自分が決めた目標のため。それに向かって真剣に取り組むことができる今、すごく楽しいと思えるんです。それに加えて、応援してくれる方々が大勢いる。だから、とことん頑張りますよ」

 人生をかけて世界一を目指す渡辺選手。今、彼の頭にあるのはただひとつ。来年、リオの地で金メダルを首にかけ、最高の笑顔となっている自分だ。

渡辺 勝(わたなべ しょう)

陸上競技T54クラス/凸版印刷株式会社所属
1991年11月23日福岡市生まれ。中学・高校時代は野球部で活躍。
社会人1年目の2011年1月、交通事故により、胸椎を損傷し、車いす生活に。
同年8月頃から陸上競技を始める。
10月にレース(10㎞)に初出場以来、経験と実績を重ね、
13年7月、IPC陸上競技世界選手権(仏リヨン)の10000mで銀メダルを獲得。
13年4月に凸版印刷株式会社に入社、14年7月より「スポーツ専従社員」に。
 
 
取材・文 : 斎藤 寿子