障がい者スポーツを応援する:SPORTRAIT

ATHLETES' CORE

車いすバスケットボール


 今年6月の「IWBF U23世界車いすバスケットボール選手権」(カナダ・トロント)で、キャプテンとしてエースとして日本代表チームを牽引し、「世界のベスト4」へと導いた古澤拓也選手。「オールスター5」にも選出され、ジュニア世代ではしっかりと世界にその名を知らしめた。そして今、彼は次なるステージへのスタートを切った。3年後の2020年東京パラリンピックだ。日本車いすバスケットボール界屈指のボールハンドラー「古澤 拓也」に迫る。
手応えを感じた日本代表デビュー
 2017年夏、ついに「その日」が訪れた。8月31日~9月2日、東京体育館で開催された国際親善試合「三菱電機 WORLD CHALLENGE CUP」(WCC)に、古澤選手は初めて「日本代表」としてコートに立ったのだ。

 その半年ほど前の5月、古澤選手は初めて強化指定選手としての海外遠征を経験した。イギリス、オーストラリア、オランダという強豪国との練習試合で、彼は「世界の強度に面食らった」という。

「高さ、スピード、チェアコンタクト……すべてが今までに感じたことのない強さがありました。それも単に力任せの強さではなく、技術的に優れた中での強さがあったんです。改めて自分が今、どれだけすごいステージにいるのかということを痛感させられました」

 しかし、WCCでは初戦こそ「緊張で何もできなかった」が、冷静さを取り戻した2試合目以降は徐々にプレーにキレが増し、プレータイムも増えていった。そして、決勝進出がかかった大一番の予選3試合目、そして最後の3位決定戦ではスターティングメンバーに抜擢。3位決定戦では、2本のスリーポイントを決めるなど、両チームで最多タイの14得点をたたき出す活躍を見せた。

「今大会は先輩に遠慮することもなく、自分の武器であるボールハンドリングやスリーポイントにもどんどんチャレンジして、アグレッシブにプレーすることができたと思います」

 そこには、日本チームに不可欠な存在になりつつある21歳の姿があった。



悔しさが込み上げた2年連続の「メンバー外」
 古澤選手には、今も忘れることのできない悔しい思い出がある。

 2013年、17歳でU23世界選手権に出場し、翌2014年には初めて「日本代表選考合宿」にも招集されるなど、確かに彼は同世代の中で将来を嘱望される存在の一人だった。

 ところが、2014年、2015年と2年連続で同世代で構成された代表選抜チームが出場した北九州チャンピオンズカップのメンバ―に入らなかったのだ。中学時代からずっと切磋琢磨し合い、その世代を牽引する選手たちは全員、選抜チームに呼ばれていた。にもかかわらず、なぜ自分だけが声がかからなかったのか。古澤選手には理由がわからなかった。

 大会には、関東のジュニア選抜チームの一員として出場したものの、1試合のプレータイムはわずか数分という歯痒いものだった。

 すると、2016年からU23のヘッドコーチを務め、今年6月の世界選手権では古澤選手たちを「世界のベスト4」へと導いた京谷和幸日本代表アシスタントコーチに、こう言われた。

「他のみんなが選ばれているのに、オマエ、悔しくないのか?」
 その言葉に、古澤選手は目が覚めるような思いがした。もちろん、悔しくないはずはなかった。しかし、京谷コーチの言葉が、古澤選手の気持ちをさらに奮い立たせてくれたのだ。

「京谷さんに、『悔しいだろう?だったら、ここからやるしかないよな』と言われて、ものすごく悔しいっていう気持ちがこみ上げてきたんです。『絶対に這いあがってやる』と心に誓いました」

 その時味わった悔しさは、これまで同世代の「仲間」をはじめ、誰かの前で口にしたことはない。自分の胸にしまい込み、ただひたすら努力を積み重ねてきた。U23世界選手権での「ベスト4進出」、そして日本代表デビューは、その確かな成果だった。


目指すは「心地よい」シューティングフォームの確立
 さらなる高みを目指す古澤選手が、今思うのは「継続」だ。
「WCCでも手応えを感じることができましたし、これまでの練習内容を大きく変えるつもりはありません。今やっていることを続けていくことが重要だと思っています」

 その中のひとつは、シューティングフォームの確立だ。
これまで古澤選手にとって、シュートは「単にリングに向けて投げ入れていた」に近かった。シュートが入るか否かは、ボールの行方次第という感じだった。

しかし、今は違う。理想としているのは「カチっとして、ドーン」だという。

「言葉にするのは難しいのですが、パスを受けた時のボールが来る場所、顔や胸との距離感がいつも同じで、あとは自動的に腕を上げてボールを離すだけ、ということです。その一連の動作がピタッとはまって、心地良い感じ。だから手からボールが離れた瞬間に、シュートが入るかどうかというのはすぐにわかるんです」

 プレのないフォームの確立は、日々のトレーニングで積み上げることで、指の先一本一本にまで染み込ませる以外にはない。

 10月23日からは、来年開催される世界選手権の出場権がかかった「IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ」(AOZ)が中国・北京で開幕する。古澤選手にとっては、日本代表として臨む初めての公式戦となる。

「ポイントガードというポジションである以上、僕はチームの中心的存在のプレーヤーにならなければいけないと思っています」
 AOZはその第一歩となる。3年後、東京パラリンピックでメダル獲得に貢献するためにも、まずはアジアオセアニア界に「古澤 拓也」の名を刻む。


古澤 拓也(ふるさわ たくや)

車いすバスケットボール・3.0クラス/神奈川大学、パラ神奈川所属
1996年5月8日、神奈川県生まれ。小学校時代は野球少年だったが、
6年の時に先天性の二分脊椎症に合併症が原因で車いす生活となる。
最初に始めたのは車いすテニスで、
その練習会場で行われていた体験会に参加したことをきっかけに車いすバスケを始める。
2013年、高校2年時にはU23世界選手権に出場し、
2014年には初めて日本代表選考合宿に招集された。
2016年、U23日本代表チームのキャプテンに就任し、
2017年1月には「IWBF U23世界車いすバスケットボール選手権アジアオセアニアゾーン予選会」で銀メダル獲得に貢献。
6月の「IWBF U23世界車いすバスケットボール選手権」ではベスト4進出を果たし、
個人賞「オールスター5」にも輝いた。
10月には「「IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ」で日本代表として公式戦デビューする。
 
 
取材・撮影:越智 貴雄  取材・文:斎藤 寿子