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ATHLETES' CORE

視覚障害者柔道


ある一人の人物との出会いによって、大きく変わり始めた柔道家がいる。半谷静香選手だ。恩師である仲元歩美コーチの指導のもと、半谷選手は今、心技体を磨く日々を送っている。なかでもとりわけ「変化」を感じているのはメンタル面。「まずはやってみよう。なんとかなる」という恩師の“口ぐせ”に促され、養われつつあるポジティブ思考が自信の源となっている。「金メダル獲得」を目指す2020年まで、あと2年。仲元コーチと“二人三脚”で、東京への道を一歩一歩、力強く進んでいる。
“恐怖心”に負けた2年前の敗戦
2年前の悔しい敗戦は、今も忘れてはいない――。

2016年9月、リオデジャネイロパラリンピック、柔道女子48キロ級。半谷選手は初戦で敗れたものの、敗者復活戦を制し、3位決定戦へと駒を進めた。勝てば視覚障がい者柔道の女子としては初めての日本人メダリスト誕生となる。そんな“大一番”を前に、彼女は意外にもリラックスした気持ちでいたという。

「当初、私はリオの出場権を逃した身でした。ところが、開幕2週間前になってドーピング問題でロシア人選手の欠場が決定し、繰り上げで急きょ出場が決まったんです。ですから、3位決定戦の時には『そもそも2週間前は、ここにいることも想像できなかったのだから』と、いい意味で開き直った気持ちでいました。『とにかく全力でぶつかるだけだ』と」

ところが、畳の上に上がったとたん、突如、恐怖心が襲ってきた。相手はその年の欧州王者。
「やっぱり勝つなんて、無理かもしれない……」

体はその気持ちに素直に反応した。審判の「始め!」という声が聞こえてきた瞬間、半谷選手の腰がスッと後ろへと引いたのだ。すると、開始2秒で相手の足技がかかり、有効を取られた。その後、徐々に積極的に技を繰り出し、優勢に試合を進めた半谷選手だったが、結局最初に奪われた有効によって、メダルを逃した。

「試合を進めていく中で、勝機は見えていたので、勝てた試合でした。なのに、最初の有効一つで負けてしまった。『はじめから攻めていれば勝てたはず……』と、悔しくて悔しくて仕方ありませんでした」

ただ、その敗戦が柔道への気持ちを強めたこともまた事実だった。
「あんなに悔しいと感じたということは、自分はまだまだ成長できるなと思ったんです」


初のメダルに導いた恩師との出会い
リオでの悔しい敗戦から2年が経とうとしている今、半谷選手には自信を持って言えることがある。
「今の自分は、あの時とは全く違う」
その背景には、ある一人の人物との出会いがあった。2017年から師事している仲元コーチだ。
当時、半谷選手は地元福島から上京し町道場にへ通っていた。道場の練習時間以外も大学への出稽古やトレーニングスケジュールを自身で調整し、可能な限りで強化を図っていた。だが、やはりそれでは課題が見つかったところで、なかなか克服への道にはつながらなかった。
「このままでは強くなれない。どうしようか……」
そんな悩みを持ち始めたちょうどその時、半谷選手に声をかけてくれたのが、彼女が通っていた町道場の一つで指導していた仲元コーチだった。
「一人で練習するのは大変でしょう?」
そう言って、専任の指導者となることを提案してくれたのだ。

とはいえ、仲元コーチに視覚障がい者柔道の指導経験はなく、半谷選手は「本当にそんなことができるのだろうか……」と半信半疑だったという。そして、コーチにかかる負担の大きさも心配だった。
だが、仲元コーチはこう言ってくれた。
「海外青年協力隊時代、ザンビアに行って言葉の通じない選手にどう指導すればいいのかを考えたのと一緒で、視覚に障がいのある選手にどうすればいいのか、それを考えること自体がとても楽しいし、やりがいを感じている」

そんな仲元コーチの指導によって、半谷選手の技術は着実にレベルアップしている。例えば、得意とする背負い投げ。相手の体を自分の方へと引き寄せ、体勢を崩したところを背負うのが一般的だ。だが、重度弱視である半谷選手は、相手が自分よりも障がいの軽い弱視の場合、どうしても不利になる。そこで、もともと強い上半身を生かそうと仲元コーチが提言。自ら相手の懐に入り、上半身の力で相手の動きをロックした状態から落とす、というイメージの背負い投げに変えたのだ。
それを習得したことで、半谷選手はより背負い投げに自信を持つことができた。
「私には、この技がある」
そんな気持ちが、試合での強い姿勢となり、昨年10月のワールドカップ(ウズベキスタン)では、3位決定戦を制し、“世界大会”では自身初となるメダルを獲得した。


積み重ねていく“2020年のリハーサル”
指導を受け始めて、約1年。仲元コーチからの影響は技術面だけではない。半谷選手自身が、最も成長したと思えるのはメンタル面だ。これまで何かにつまずくたびに、視覚に障がいがあることで弱気になり、何かに挑戦しようと思っても、二の足を踏んでしまうことも少なくなかったという。

そんな半谷選手に、仲元コーチはいつもこう語りかける。
「とりあえずやってみよう。なんとかなるから」
恩師のその口ぐせのような言葉が、いつの間にか半谷選手にも浸透し、気が付くと前向きに挑戦する気持ちになれている自分がいるのだ。

例えば、相手に技をかけられて投げられた際、半谷選手にはすぐに相手のいる場所を目で確認することができない。そのため、寝技に持ち込むという動きが遅れることが課題とされている。そんな時、これまでならすぐに「どうせ、できないし……」と弱音を吐いていたが、今は「そんなこと言っている場合じゃないな。自分にも何かできる方法があるはず」と考えるようになった。

そんな“ポジティブ思考”が、2020年東京パラリンピックにもつながっている。
「以前は、金メダルを目指しながら、そんな自分の姿を想像することができませんでした。でも、今は東京で金メダルを取って、仲元コーチに抱きつくという映像が、頭の中で見られるようになりました。仲元コーチのおかげで、夢でしかなかった金メダルが、目標として考えられるようになったんです」

昨年から、半谷選手には大会で勝利を挙げるたびに必ず行うことがある。それは実際に仲元コーチに抱きつくことだ。“2020年のリハーサル”である。

今年、そのリハーサルを是が非でも行いたい舞台がある。10月のアジアパラ競技大会(インドネシア)だ。半谷選手のクラス48キロ級には、アジア人選手が多く占めている。そのため、アジアでの優勝は、パラリンピックの金メダルに近い価値がある。

そのアジアパラで特にライバル視しているのが、王利近(中国)。半谷選手がリオデジャネイロパラリンピック初戦で敗れた相手で、同大会の金メダリストだ。過去に何度か対戦しているが、未だ一度も勝つことができていない。だからこそ、今回のアジアパラで彼女から初勝利を挙げ、そして優勝することができれば、大きな自信となることは間違いない。

「以前だったら、少しでも自分より体が大きかったり、強い選手を前にすると、まず最初に『やっぱり勝てないかな』と思ってしまっていた。でも、今は少しずつ自分に自信を持てるようになり、どんな相手にも全力でぶつかっていけるようになりました。だから王選手にも、最初から攻めの柔道で挑みたいと思います」

半谷選手にとって、東京パラリンピックの「プレ大会」という位置づけで臨むアジアパラの舞台。決勝後、仲元コーチに思い切り抱きつくつもりだ。


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半谷 静香(はんがい しずか)
 
視覚障がい者柔道48kg級/エイベックス株式会社
1988年7月23日、福島県生まれ。
先天性の弱視。兄の影響から中学校では柔道部に入部。
筑波技術大学に進学後、視覚障がい者柔道に出会った。
パラリンピックには2012年ロンドン(52kg級、7位)、
2016年リオデジャネイロ(48kg級、5位)と2大会連続で出場。
2017年4月より仲元歩美コーチに師事。
現在は東京女子体育大学女子柔道部を中心に、健常者にまざって練習や試合を行い、
レベルアップを図っている。
2017年10月のワールドカップ(ウズベキスタン)では、自身初のメダル(銅)を獲得。
今年4月のワールドカップ(トルコ)でも銅メダルを獲得した。
2020年東京パラリンピックでは金メダルを目指す。
 
取材・撮影:越智 貴雄  取材・文:斎藤 寿子