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ATHLETES' CORE

パラトライアスロン


2016年リオデジャネイロパラリンピックで初めて正式競技として行われるパラトライアスロン。スイム(750メートル)、バイク(20キロ)、ラン(5キロ)の合計タイムで順位を競う過酷な競技だ。そのパラトライアスロンに魅了され、今や日本人女子のエースとして活躍しているのが秦由加子選手。世界トップ選手たちが集結した今年5月の世界トライアスロンシリーズ横浜大会では、見事連覇を果たした。水泳選手としては果たすことができなかったパラリンピック出場を目指し、彼女は今、進化の一途を辿っている。
魅了された米国人アスリート
 千葉市にある稲毛インターナショナルスイミングスクール。7年前、秦選手とパラトライアスロンを引き合わせ、彼女の人生を大きく変えた場所だ。もともと水泳選手だった彼女は、さらなる高みを目指し、出勤前の早朝に練習できる環境を求めて、同クラブに通うようになったのは2008年のことだった。そこで気になる人たちがいた。同スクールを拠点とするトライアスロンクラブのメンバーだ。

「一緒に水泳を練習した後、トライアスロンクラブの人たちは、バイクやランの練習に行くんです。
みんな楽しそうで、すごくまぶしく映りました。そんな姿を見ていたら、『私もやってみたいな』と思ったんです。」

 パラトライアスロンの存在を知ったのも、この頃だった。同クラブのメンバーから「この間の大会で、義足で走っていた人を見かけたよ」ということを聞き、障がいの有無に関係なくトライできることがわかったのだ。

 そして、パラトライアスロンへの気持ちに火をつけたのが、あるスポーツ専門誌の表紙を目にしたことだった。そこには競技用義足を履き、ポーズを決める米国人選手の姿があった。ひと目見て、その女性に目を奪われた。「なんて、美しいんだろう……」鍛え上げられた筋肉と自信に満ちた表情に魅了された。

「雑誌でパラトライアスロンの選手の姿を見た時は、アスリートとしての美しさに衝撃を受けました。それで、私もトライアスロンをやってみたいという思いが強くなったんです」

 その後、2012年ロンドンパラリンピックへの挑戦を終えた秦選手は、トライアスロンに転向することを決意した。

思い出された13歳以来の走る感覚
「風を切るってこんなだったなぁ」。18年ぶりに味わった感覚には、何とも言えない心地よさがあった――。

 秦選手は、13歳で骨肉腫が原因で右足を切断し、義足を履いて生活するようになって以降、一度も走ったことがなかった。そこでパラトライアスロンへの転向を決めた彼女は、2012年冬、切断者スポーツクラブ「ヘルスエンジェルス」の練習会に参加した。

「そこで初めて直に競技用義足を見て、かっこいいなぁと思いました。履いて走ってみたら、気持ちが良かった。周りの人から見れば、走っているとは言えないくらい、私の動きはぎこちなかったと思います。でも、自分では“走る”という感覚が一気によみがえってきました。この競技用義足を履いて、思い切り走れるようになりたいと思いました」
 彼女のパラトライアスロンへの気持ちはさらに高まっていった。

 それから3年が経った今、秦選手の走りに対する考え方は変わりつつある。これまでは、健足側の左足より義足側の右足に意識を置いていた。トライアスロンに転向する前の水泳選手時代にはほとんど使っていなかった右足を鍛えることに注力していたのだ。

 この義足側重視の考え方に疑問を感じたのは、今年に入ってからだ。ある日、自分の走り方をチェックしようと、1枚の写真を見た秦選手は驚いた。そこにあったのは、イメージとは違う自分の姿だった。

「義足側の右足を軸にするようにして、体の中心に置いて走っていたんです。一方、海外のトップ選手たちの写真を見ると、健足側の足を軸にして走っていて、それに義足側がついてきているという感じでした。その時、あぁ、なるほどなって思ったんです」
 
実際、健足側に意識をかえると、走っている時の感覚も違うものがあったという。
「義足側を意識している時は、地面を蹴るというよりもつま先で走っている感じでした。でも、健足側を意識し始めたら、足首を使って蹴り上げるという感覚があって、これまで以上に走っているという実感がわいてきたんです」

 3年前、18年ぶりに風を切る感覚を思い出した彼女は、今度は21年ぶりに地面を蹴る感覚を思い出したのだ。

“ミスなく攻める”がカギ握るバイク
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トライアスロンを始めて3年。海外での国際大会でも常に5位以内に入るなど、徐々に世界トップ選手たちとの距離も縮まっている。秦選手の強みは何といってもスイムだ。常にトップタイムをたたき出し、他の追随を許さない。最近ではうまく波に乗りながら、力みのない泳ぎで進行方向へと進むという感覚をつかみつつあるという。そのスイムでいかにタイムを稼ぎ、バイク、ランへとつなげるかが勝敗のカギを握る。

 しかし、世界の“鉄人”には後半のランに強い選手が少なくない。そのためバイクで距離を縮められ、最後のランでかわされるという悔しさを、これまで幾度となく味わってきた。

 そこで秦選手が現在課題のひとつとして強化しているのが、バイクだ。彼女によれば、最も差が開くのが、カーブなのだという。いかにスピードを落とさず、かつミスなくカーブを曲がり、直線に入った時に、いかに早くトップスピードにもっていくことができるかがカギを握る。その感覚と技術を体にしみこませるには、練習を重ね、経験を積むしかない。

「このテクニックを磨いていかなければ、世界との差は縮まらない。体とバイクとが一体化して、落車することなく、なおかつ攻めていけるように、今トレーニングしています」

 こうして経験を重ねるたびに、秦選手はさまざまな発見をしている。それが今、たまらなく楽しくて仕方ないのだという。スポーツができなかった10年間の空白を埋めるかのように、彼女は今、トライアスロンに夢中だ。彼女の屈託のない、さわやかな笑顔には充実感が満ち溢れている。

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秦 由加子(はた ゆかこ)
パラトライアスロンPT2クラス/マーズフラッグ・稲毛インター所属
1981年4月10日千葉県生まれ。13歳の時に骨肉腫を発症し、右大腿部より切断。
以来、スポーツとは無縁の生活を送っていたが、
2007年、24歳の時に10歳まで習っていた水泳を再開した。
2010年からは強化指定選手として2012年ロンドンパラリンピックを目指したが、
出場はかなわなかった。
13年、パラトライアスロンに転向。
14、15年と世界トライアスロンシリーズ横浜大会を連覇した。
 
取材・文 : 斎藤 寿子