障がい者スポーツを応援する:SPORTRAIT

THE SUPPORTERS

中澤 吉裕さん

日本車いすテニス協会 ナショナルチーム 監督/ 有限会社N-PLANNING代表取締役社長

車いすテニスの日本代表チームの監督として、選手強化や競技普及のための体験イベント、講演、テレビ中継での解説と様々な活動で全国各地を飛び回る中澤吉裕さん。「ラリーで会話をする、が信条です。」とラケット片手にさわやかに笑う中澤さんに、車いすテニスと出会ったきっかけや様々な活動についてお話を伺った。
本気なら一緒にやってみたい
Q.車いすテニスに出会ったきっかけを教えてください。
17年ほど前、あるテニスメーカーから「世界を舞台に戦う選手を教えてみないか」と声が掛かり、玉澤紀洋選手と出会ったことです。好奇心から迷うことなく返事をしたので、彼が車いすテニスの選手だと知ったのは、しばらくしてからでした。とにかく、本人とテニスをしてから判断しようと、テニスコートで会う約束をしました。彼は、車いすテニスの中でも、障がいが一番重いクァードというクラスで活躍する選手、それまでの要領で強く重いボールを打ちこむとうまくラリーが続きませんでした。加減した方がいいのかと彼の顔を見ると、真っ直ぐにこちらを見据えるその目に気が付き、思わず息をのみました。感じたのは、僕から何かを吸収し強くなってやろうという彼の気迫です。この瞬間、この人伸びるだろうな、と直感的に感じ、ここまで本気なら一緒にやってみたいと思いました。
車いすテニスのコーチの経験が無かった僕は、「僕が魅力的なコーチで無くなったらいつでもクビにしていい。その代わり、あなたが魅力的な選手で無くなったらコーチを辞める。」というルールを作ってマンツーマンでの練習をスタート、今思えば毎回、手さぐりでの練習でした。それから約1年後、彼は全日本選手権で優勝、日本一に。
彼をきっかけに、日本代表チームのコーチ、そして、2015年8月からは監督に任命され車いすテニスに携わり続けています。


人生で本気で好きだと思えること
Q.大切にしていること、選手や子どもたちに意識して伝えることはありますか?
選手やスタッフ、あるいは子どもたちに機会があると、「継続すること」について話をします。
中学・高校とテニス部に所属、高校卒業後は一般企業へ就職したことで、一旦テニスは趣味程度になりました。そんな時、小学校の同窓会があり恩師と話をしていて、日常に物足りなさを感じている自分に気づきました。「好きなことをやればいい。」彼のその言葉をきっかけに、コーチ募集をしていた近所のテニススクールに足を運んだのですが、そこで相手をしてくれたプロのコーチに全く歯が立たず、ボロボロに負けました。とにかくもう、悔しくて、それまで自分が見ていた世界が狭かったことを思い知りました。
それからは、テニススクールの手伝いをしながら練習をさせてもらい、アルバイトを掛け持ちする生活です。結構、いろいろな面でギリギリの生活で、アルバイト先のレストランに来たテニス関係のお客さんに「お腹が空いているなら残り物を食べろ」とからかわれたり、嫌な思いもたくさんして何度もやめようと思いました。でも、そんな時は、自分がテニスを選んでやっているんだという原点に立ち戻ることにしています、すると大抵のことは気にならなくなります。
一度、テニスから離れたことで気づきましたが、人生の中で本気で好きだと思えることに出会えることは貴重だと思います。本質でないことに惑わされ、簡単にあきらめてしまう前に何故自分がそれをやっているのかに立ち戻り、もうひと踏ん張りしてみてほしいです。良いことも、悪いことも人として、そして、選手としての幅を広げてくれることに必ずつながっていくので感謝しなければいけないな、と思える日が来るはずです。


テニスが楽しくて、「またやりたい。」って笑顔に
Q.車いすテニスにおいて、様々な活動に携わられていますがそれは何故ですか?
人手が足りないというのも正直ありますが、それが一番の理由ではありません。先日、鹿児島での体験イベントで、ある車いすの子が「また、スポーツができるなんて思わなかった。」ってポツリと言ったので、「できる、できる。」って伝えると、「またやりたい。」って笑顔で返してくれたことがありました。なんてことないやり取りかもしれませんが、私はその笑顔や楽しいという気持ちが一番大切だと思っています。
一見、強化合宿での選手指導や体験イベント、テレビでの試合解説など、バラバラなことをしていると感じるかもしれません。しかし、選手を強化してその選手が憧れの存在になることで、競技が普及してサポーターが増え、選手を発掘して若手選手が台頭することで競争が生まれ日本チーム全体の底上げになっていきます。自分で足を運び実際にテニスをしながらラリーで会話をして、選手やその先にいるスタッフ、子どもたちの顔を見ながら、次のつながりやステップを意識した内容にしていきたいと思っています、そこで顔を合わせた人たちが車いすテニスや選手のサポーターになってくれればという想いもあります。
テニスは個人スポーツ、たとえ監督であっても試合中は、ベンチに入れず選手は孤独です。疲れた時や自信がなくなった時、「頑張れ」という声が大きければ大きいほど力になります。そんな風に声を掛け、サポートしてくれる人やファンがつくような、その選手の環境を整えていくことも監督としての役割だと捉えています。



小さな違和感や課題もチームで
Q.今後について教えてください。
2020年そして、その先を見据え、メダルが獲れるチーム作りを更に進めていきます。私が監督に就任したのは2015年4月、リオ大会の1年4カ月前でした。このタイミングで方針やスタッフを急に変更することはリスクなので、その期間で何が出来るかリオの先に繋げられるかを考え、動くことにしました。特に、リオ大会期間中は、どんなに小さな課題でも選手・スタッフを含めチームで共有・解決することを意識し、個人の考えや想いを積極的に言葉に変え、コミュニケーションを取ることが当たり前になる環境を地道に作りました。
テニスは個人スポーツなので、チーム意識やコミュニケーションは優先順位が低くなりがちですが、個人ツアーでの転戦で環境変化には慣れている選手たちも、試合直前のプレーの調子や試合への不安、体調変化などがストレスとなり一人では解決できないことが出てきます。例えば、試合直前にショットの調子が悪いと訴える選手に対し、その言葉を鵜呑みにして大騒ぎしてしまうとその違和感は不安につながり悪循環へ。でも案外、「大丈夫、いつも通り。いいボール打っていたよ。」の一言で選手は安心し、調子が戻ったりするのです。
選手を一人ぼっちにせず、信頼できるメンバーやスタッフが近くにいて、冷静に状況を理解し支え合う環境を作れれば不安は解消します。そのために、お互いを理解しあい、小さな問題でも解決するプロセスを共有していくことでチームのつながりを強くしていきます。また、日本代表チームで集まれる機会は限られているので、普段から、これまで接点が少なかった選手の個人コーチやスタッフと積極的にコミュニケーションを取り、選手の目標や課題を共有した活動が大きな意味でのチーム作りへつながると信じています。



中澤 吉裕(なかざわ よしひろ)

日本車いすテニス協会 ナショナルチーム 監督/
有限会社N-PLANNING代表取締役社長

1970年神奈川県生まれ。
プロテニスコーチとして様々なテニスクラブで経験を積み
2003年に独立、有限会社N-PLANNIGを設立。
多くの一般選手・ジュニア選手・愛好家を指導育成する中、
車いすテニスの選手と出会い全日本選手権優勝へ導く。
2002年から日本車いすテニスチームのナショナルチームには携わり、
パラリンピック選手輩出、育成強化などにも力を注ぐ。
2012年は女子兼クアードチームのコーチとしてロンドンパラリンピック帯同。
現在は、日本車いす協会ナショナルチームの監督として活躍、2016年リオパラリンピック帯同。
独自のノウハウと熱い指導で全国各地をまわりレッスンや講演、
TVで車いすテニスの試合解説を行うなど多岐に渡る活動を行う。
 
 
所属先:日本車いすテニス協会
設立:1991年4月1日設立、2015年4月1日法人化
住所:熊本県荒尾市緑ヶ丘2丁目5番地3-205
事業内容:
 1.選手の育成、発展を目的とした事業を行う。
 2.車いすテニスの普及に関すること。
 3.車いすテニス競技ルール及びランキングや技術等に関すること。
 4.車いすテニスに関する広報をすること。
 5.日本テニス協会、日本障がい者スポーツ協会、国際車いすテニス協会(IWTA)、
   国際テニス連盟(ITF)等との連絡調整に関すること。
 6.車いすテニスを通じて障害者の社会参加を促進すること。
 7.その他、協会の目的を達成するために必要な事業。
URL:http://www.jwta.jp
 
所属先:有限会社 エヌ・プランニング
設立:2003年2月
事業内容:テニススクール運営委託、イベント企画・運営委託、テニスコーチ派遣、コーチング管理
URL:http://nplanning.net