障がい者スポーツを応援する:SPORTRAIT

THE SUPPORTERS

野口智博さん

日本大学 文理学部 教授

選手として世界選手権に出場し、コーチとしても多くのオリンピック選手の強化を担当してきた野口智博さん。現在は、日本大学の教授、初心者からトップスイマーまでを指導する水泳教室「フリースタイル」のコーチ、そして、障がい者水泳の木村敬一選手(※)のコーチを務めるなど、幅広い活動を行っている。そんな野口さんに、障がい者水泳の魅力について伺った。 ※水泳競技S11クラス/東京ガス株式会社所属。ロンドンパラリンピックの銀メダリスト
いくつかの偶然が積み重なった出会い
Q.競泳に関わられたきっかけを教えて下さい。
日本大学に入学した木村選手は、体育会・水泳部へ入部希望でしたが、彼の当時の記録が、日本記録保持者も含む部の標準的な記録には届かなかったことから、水泳サークルに入りました。そのサークルの顧問をしていたのが私でした。そこには、偶然国内でもトップレベルの記録を持つ選手が何人もいて、体育会並みの練習をしていました。また、木村選手のように全盲の選手には、泳ぐ際に壁を知らせる「タッパー」が必要です。サークルに、「タッパー」の経験者はいませんでしたが、彼と同時期に偶然にも入部した女子マネージャーが、「タッピングを勉強する」と積極的に手を挙げてくれました。いくつかの偶然が重なった出会いでした。

彼が大学3年の時、約1年後のロンドンパラリンピックに向けて、ウェイトトレーニングの個人指導を望んだことで、競技としても、さらに深く関わることになりました。今では、彼のパーソナルコーチとして一緒に世界一を目指しています。泳ぎの技術やレース展開などの戦略はもちろんのこと、栄養、睡眠、メンタルなども含め全体を見て、コーチングします。その実践の中でいくつかの課題を見つけては、仮説を立て、実証、そして、検証するということを日々繰り返しています。そういえば、私自身も子どものころから、興味や疑問を持ったら、自分が考えたことを実際に試して結果を出してみないと気が済まない性格でした。その辺は、今も変わってないですね。

運動は「時間」と「空間」の組み合わせ
Q.野口さんにとって、競泳にはどんな魅力がありますか?
視覚に関する発見があり、好奇心をかき立てられています。水泳は、水と人の力を使った物理のスポーツです。体を鍛えるだけでは伸ばせる記録に限界がありますが、水の抵抗を少なくすることを考えてフォームの改善に取り組んだり、筋力をつけて水抵抗に打ち勝ったり、より自分に見合った競技用の水着の選択をすることで、速く泳げるようになります。多くの人は、新しい動きを行う際、他人を見てマネをしたり、体のどの位置に手や足を持ってくるか覚えたり、無意識に視覚情報を使うことが多いと思います。最初、木村選手のように視覚情報に頼ることができない場合は、空間把握能力が長けており運動を覚えていくのだと思っていましたが、実際は、違いました。彼は、筋肉や筋の伸び方や動かす順番でそれを把握していたのです。しかし、泳ぐ技術はなんとかなったとしても、全盲だと泳ぐときの方向を定めるのは困難です。

そこである時、ゼミの学生とプールの底にセンターラインが無いコースで、真っ直ぐに泳ぐことができるかを試してみました。結果、健常者でさえ、真っ直ぐに泳げた人は一人もいませんでした。こういう実験を経て、みんな無意識のうちに、レーンのセンターラインを見て、泳ぐ方向を定めていたということに気付かされました。また、クロールで泳ぐ時、自分の腕が視覚に入るのはほんの一瞬で、実際には自分の動きを目で確認し、位置や動きの順番を調節することはできません。つまり、木村選手やゼミ生たちのおかげで、水泳における視覚の役割は限定的であることに気付けたのです。

運動は、筋肉や関節をどの順番(時間)で体のどの位置(空間)に動かしていくかという、「時間」と「空間」の組み合わせです。しかし、空間を認識するのが困難な木村選手には、練習の時、「先に二頭筋!」「次に広背筋!」と声をかけ、筋肉の部位や動き出しの時間を意識させて、体の動きを調節させます。水泳に限って言えば、この視覚に頼らず、筋肉の伸び方などを意識して、「見えないところの身体の動き」を調節するような指導法は、視覚のある人にも有効な気がします。

わかりにくいということが面白い
Q.観戦に来た人は、どこに着目すると競技を楽しめますか?
競泳は、わかりにくいかもしれません。一目見ただけだと、障がいの程度や違いによって何が水泳の記録に影響するのかが、わかりにくいからです。

大会などの競技では、選手個人が持つ能力によってクラス分けが行われ、クラスごとに競技が行われます。障がいの種類は異なるけど、障がいの程度が同じ選手が、それぞれのクラスで競い合うので、個人が持つ能力、機能を最大限に活用した運動技術やパフォーマンスに注目するとグッと楽しさが増すと思います。例えば、同じクラスでも肘先欠損の選手と欠損していない選手は同じようには水をかけません。一見、同じようなフォームで競い合っているように見えますが、選手はそれぞれ、全く違う身体の使い方をしているのです。観客席から見ると、その違いはわかりにくいかもしれませんが、実はそこが面白いところなのかもしれません。

「実践科学」としてのスポーツの楽しみを追求
Q.今後の取り組みについて教えてください。
木村選手がリオで自信を持って戦えるように強化します。ライバルのブラッドリー・スナイダー選手は、学生時代は競泳選手、その後は米国海軍に在籍していた経験を持つ、強靭な肉体と精神力を持った選手です。海軍時代にアフガニスタンの爆発事故で視力を失ったという、中途視覚障がい者です。水泳の運動イメージや健常者の頃の泳力で言えば、木村選手より遥かに上です。

しかし、そんな彼に2歳から全盲の木村選手が、ここからどうやって力をつけ、どこまで食らいつけるか、考えるとわくわくします。また、この過程で水泳における視覚の役割がさらにわかれば、水泳界全体の指導にも還元できると考えています。

私が水泳を始めたのは海や川で2回も溺れ、親に水泳教室へ連れて行かれたことが始まりです。9才で初めて出場した水泳大会は最下位。その後も悩んで色々なことを試し、積み重ねた選手生活でした。だから、記録に悩む選手の気持ちはよくわかりますし、大学での勉強の成績も良くはありませんでしたから、勉強の苦手な学生の気持ちもわかります。でも、何か壁にぶち当たる度に、色々と知恵を使って克服することが私にできたのですから、「実践する」「試す」楽しさがわかれば、きっと誰にでもできると思います。さまざまな活動から得たものを選手や学生に還元し、そこからその対象者を通じて新しい「実践知」を得ることで、色々な人の目標達成や、夢の実現のサポートをしていきたいと思っています。

野口 智博(のぐち ともひろ)
 
日本大学 文理学部 教授

1966年生まれ。
日本体育大学大学院トレーニング科学系修了後、
2002年より日本大学文理学部で奉職し、現在に至る。
2003年から2010年まで同大学水泳部総合コーチとして、
数々の日本代表選手や五輪メダリストの育成に貢献した。
日本水泳連盟では1996年から2009年まで競泳委員。
2011年より科学委員として活動し、レース分析のサポートなどを行っている。
大学では教職必修科目の水泳実技の指導を中心に教鞭を取る傍ら、
2013年から同大学教育学科出身の木村敬一選手の、
パーソナルコーチとして指導を行っている。
 
所属先:日本大学(文理学部)
住所:東京都世田谷区桜上水3-25-40
URL:http://www.chs.nihon-u.ac.jp/
 









取材協力:株式会社フリースタイル