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保原 浩明 さん

国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間情報研究部門 デジタルヒューマン研究グループ 研究員

産業技術の幅広い分野における技術開発を行う日本最大級の国立の研究機関、産業技術総合研究所の保原氏は、「義足アスリート」の研究で世界をリードする存在。実は保原氏には、陸上競技の選手経験は無い。しかし、そのことが研究を進める上で客観的かつドライに物事を判断できる自身の強みに繋がっていると語る。そんな保原氏に研究を通じて取り組んでいることや今後の展望についてお話を伺った。
組み合わせると「義足」で「走る」研究に
Q:「義足アスリート」の研究をすることになったきっかけを教えてください。
大学柔道部の時、原因不明の体調不良が続いていましたが、「怠けている」と言われるのが嫌で無理して練習を続けていたことがありました。不安と疑問を抱えて、練習を続けるので当然、パフォーマンスも低下します。知識がついた今振り返ると、少しの間きちんと休息を取れば治った「オーバートレーニング症候群」というものでした。当時感じた不安や疑問を解消したくて、大学4年の時、スポーツ科学の勉強を本格的に始め、大学院に進学、「走る・跳ぶ」という陸上競技の動きを研究し、博士号を取得しました。その後、就職先の国立障害者リハビリテーションセンター(以下、国リハ)で義足に出会い、「義足」を使って「歩く」ための研究をすることになりました。その研究は、国リハの患者さんが義足の性能を上げなくても身体の動かし方を変えることで、速足で歩き、スムーズに階段を登れるようになるためのリハビリの提案に繋がりました。そんなある時、これまでの自分の研究を組み合わせると「義足」で「走る」ための研究が成り立つことに気が付いたのです。元々、スポーツ畑出身、両脚義足のオスカー・ピストリウス選手やパラリンピックの存在は気になっていました。早速、研究が盛んなアメリカに渡り、義足を使ってランニングなどの運動を日常的に行う人たちの研究を始めました。そして、今から3年前、知人から声を掛けてもらったことがきっかけで、産業技術総合研究所に入り、競技を行う「義足アスリート」の研究をしています。


2020年までには2000人をデータベース化したい
Q:「義足アスリート」の研究とはどのようなものですか?
陸上競技を行う「義足アスリート」の身体の動きと、競技用義足についての研究です。モーションキャプチャーを使った三次元動作解析で選手のフォームや地面を蹴る力等、身体の動きを詳細に解析します。ただ、この方法だけでは、解析できる人数が限られるため、WEB上に掲載されている国内外の大会の動画から、選手の歩数や使っている義足の種類を割り出し、タイム・性別・身長・体重などと合わせてデータベース化し、解析します。これにより、義足アスリートが速く走るために必要なことや国・人種などで見るとどんな特徴があるか等、様々なことが見えてくるのです。更に正確性の高い研究結果を出すために、現在、740人程のデータ数を2020年までには2000人程に増やすつもりです。また、競技用義足についても、アメリカやドイツを筆頭に世界各国で様々な素材、形状のものが販売されているので可能な限り収集してその性能や機能を調べています。


科学的根拠が選手の客観的な判断に
Q:研究を通して、取り組んでいることを教えてください。
競技中の選手の身体の仕組みと義足の性能、最適な使い方がわかってくると、速く走ったり、遠くに跳んだりするために必要なトレーニングやフォームの改善、選手個人の特性に合った義足選定等を提案することができます。特に義足は、経験則や直感など主観的な情報で選択し、身体に合わず悩む選手が意外と多いので、科学的根拠があることで客観的に判断できるようになればと思っています。

また、海外の義足を使う選手の中には一般の記録を凌ぐ選手も出てきて、注目が集まっています。これまでの世界大会の両競技の優勝記録の推移を分析していくと、男子100メートルでは2068年、走幅跳では東京大会前に義足の選手が一般の選手を追い抜く計算が出ました。2012年のロンドン大会では、両脚義足のオスカー・ピストリウス選手が一般の大会に出場し、男子400メートルで準決勝に進みました。「テクノロジー・ドーピング」等という言葉が出てきて、競技用義足が有利に働いているのではという人もいます。しかし、義足を使いこなす身体能力と技術が選手に備わっていなければ、競技用義足で立つことさえ難しく一概に有利・不利と言えません。そこで、私は今、自身の研究を通じてIPC(国際パラリンピック委員会)と競技用義足研究の先駆けであるケルン体育大学と三者で共同研究を進め、競技用義足が選手のパフォーマンスに与える影響を解明し、パラリンピックのルールに反映させるというプロジェクトに携わっています。


日本を「義足アスリート」研究のハブに
Q:今後の展開について教えてください。
日本の選手の多くは、科学的なものを受け入れる土壌が未だ少なく、何かを「変える」ことに不安を感じる方も多くいます。私が科学的なデータを翻訳することで選手が持つ主観と客観のズレが無くなればと考えます。もし、私が工学部出身の「義足」の研究者だったら、高性能だけど身体に合っていない義足を選手に押し付けて満足していたかもしれません。しかし、国リハ時代、患者さんが慣れない義足で懸命にリハビリをする姿を見てきたことで、身体の「動き」と「義足」の両面から研究することや義肢装具士や理学療法士等の他のメンバーとも連携しながら、義足アスリートの支援をすることが大切だと考えるようになりました。

そして、日本をこの分野で世界一にしたいと思っています。日本を「義足アスリート」研究の世界の「ハブ」にしたいという意味です。この分野は、解明されていないことが多く、世界中に情報やリソースが分散してしまっています。近い将来、研究者や選手、義肢装具士等が「義足アスリート」のことで悩むことがあっても、「日本に来れば何とかなる」というプラットフォームを真剣に構想しています。


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保原 浩明  (ほばら ひろあき)

宮城県生まれ。
早稲田大学大学院博士後期課程修了。博士(人間科学)。
国立障害者リハビリテーションセンター研究所、日本学術振興会特別研究員(PD)、
University of Maryland-College Parkを経て 2013年に産業技術総合研究所に入所。
義足ランナーの動作解析および大規模データ分析に取り組み、
2014年にはGerman Sport University CologneでVisiting researcherとして研究を継続。
現在は北米および欧州を中心に義足ランニングに関する研究発表を行っている。
2013年に国際バイメカニクス学会より
Promising Young Scientist Awardを受賞(日本人初)。
専門はバイオメカニクス。

 
 
所属先:国立研究開発法人産業技術総合研究所
設立:2001年4月1日
住所:茨城県つくば市梅園1-1-1
事業内容:産業技術に関わる研究
URL:http://www.aist.go.jp
参考 人間情報研究部門URL: https://unit.aist.go.jp/hiri/