障がい者スポーツを応援する:SPORTRAIT

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ATHLETES' CORE

競泳


──大好きな水泳を通して、応援してくれている仲間たちを喜ばせたい。だから、自己ベストを出し、金メダルをとりたい。
 2016年のリオ・パラリンピック男子背泳ぎ(S14クラス・知的障害)で銅メダルを獲得した津川拓也選手。3歳で水泳を始め、17歳で日本代表として世界の舞台に立った、大会に出て自己ベストを常に更新することを目標に、着実に結果と記録を出す。そんな津川選手のアスリートとしての思いの丈に、様々な角度から迫る―――。
規則正しい生活とトレーニング
誰にでもこれをやらないと「しっくりこない」、「安心できない」という自分の決まりがあるだろう。特にスポーツ選手には、各々、独特なルーチンがありそのことが話題になる。背泳ぎをメインに活躍する津川拓也選手の代表的なルーチンは、試合でスタート位置につくまでの一連の動きにある。

2016年、ブラジル・リオデジャネイロで開催されたパラリンピック男子背泳ぎ100メートル(S14)の決勝の舞台。津川選手は、予選を上回るタイムで銅メダルを獲得した。

「ジャポン タクヤ・ツガワ」のアナウンスが会場に流れると、声援があがった。津川選手は観客に向かって手を振りながら入場し、プールに向かって深く頭を下げ、くるりと体を反転させて審判に一礼。そして、通称「拓也体操」を始める。まず、ストレッチをして体をほぐし、ゆっくりと大きな深呼吸をする。両足で軽くジャンプをして、手足を揺らせばスタンバイ完了。
これをやらないとどうも調子がでないという。2018年アジアパラ競技大会の背泳ぎ100メートル決勝、審判が指示する入場からスタンバイまでの時間が短く、体操の時間が取れなかった。イレギュラーな流れでレースがスタート、津川選手は珍しく予選のタイムを下回り、本来の力を発揮できなかった。

その時、会場にいた母の智江さんは「いつもの試合と全く違う流れに正直、観客席で様子を見ていた私たちも焦りました。拓也、よく泳ぎ切ったな、と。」と振り返る。

津川選手は、障害の影響で、周囲とのコミュニケーションが苦手で、急な予定変更など臨機応変な対応も難しい。2歳から親子で始めた早期訓練のお陰か、集団でいることには慣れているが、新しいことを理解し、行動に移すにはどうしても時間がかかる。だからこそ、競技を行う上で、ルーチンは彼にとって重要な意味を持っている。

ルーチンを守る。これが津川選手の強さの秘密だ。
毎日7時間半の睡眠時間を確保して起床する。その後に朝食、トイレ、歯磨き……決まった流れで身支度をして、規則正しい生活を送る。それはトレーニングにおいても同様で、コーチが計画した練習を毎日確実にこなしてきた。そして今に至る結果をコツコツと積み上げてきた。中学2年生から書き続けている「練習ノート」には、その日にこなしたメニューや、反省点などが几帳面な文字でびっしり書かれている。遠征や合宿の前には、1週間前から当日のスケジュールに合わせて生活やトレーニングを変え、準備をはじめる。こういったルーチンの積み重ねが試合の結果に繋がっている。

「水泳」と出会い、アスリートの道へ
津川選手は、週1回は大阪市の障がい者スポーツセンターのプール、週6回はスポーツクラブのプールで練習を行う。仕事を終えた津川選手は、同スポーツセンターのプールに向かった。トレーニングの内容を組み、泳ぎのチェックをしているのは、コーチであり、父の正広さん。正広さんは現役の水泳選手で、自身のトレーニングもあわせて津川選手と練習をともにする。
プールに入りスタート台に手をかけると、普段の穏やかな表情からキュッと引き締まったアスリートの表情になった。彼ほど、競技中と普段とで変化する選手も珍しいかもしれない。競泳は種目や障がいの種類によってスタート方法がさまざま、津川選手の場合は、水面に背を向けた姿勢で強く壁を蹴り、一度体を宙かせてから入水する。その後、潜水したまま両手を前方に伸ばし、キックをしながら水面に浮上する。

正広さんは津川選手の一連の泳ぎをチェックしながら、「拓也の特徴は体幹の良さです。スタートしてから浮上までに理想的なストリームライン(両手を前方に伸ばし、水の抵抗を減らして前進する姿勢)がとれるかが、背泳ぎのスタート時のポイントです」と話した。

津川選手の目下の課題は、このストリームラインのキープだ。両腕を交互に振り上げ水を掻くとき、身体が左右にブレないような「まっすぐ」姿勢をキープすること。また、頭から尻までの水平をキープすること。この安定した泳ぎを実現しタイムを更新するために、津川選手はスイミングスクールの練習では、多いときで一日12,000メートルを泳ぐ。姿勢の維持は簡単なようで実は難しい、津川選手は、練習や試合で出た修正を反映させ、意識をせずとも身体にしみこませるにはどうしても時間がかかる。そのため、「まっすぐ」と書かれたメモをウェアのポケットに入れ、試合直前にもそれを確認するようにしている。リオデジャネイロ・パラリンピックでは、このメモ書きのおかげで「まっすぐ」の姿勢を崩すことなく泳ぎ、後半に2人を追い抜き、メダル獲得につながった。
 
50メートルのタイム計測を続けて行う練習では、50メートルを泳ぎ切るたびに、すぐさまタイムを確認。すると、コーチが決まって両腕で大きく○(まる)の仕草をする。ほっとするような表情を見せる津川選手はまたすぐに泳ぎだす。「タイムが良くないときでも、とりあえず全部○です。そうしないととても落ち込んでしまうんですよ」とコーチである正広さんは話す。練習中の津川選手は、弱音はおろか、苦しさをいっさい表情に出さない。普段のおっとりしたマイペースな姿とはうってかわって、「少しアゴを引いて」「もっと前傾姿勢に」といったコーチの言葉に俊敏に反応する。

そんな津川選手が水泳と出会い、アスリートへの道を進むようになったきっかけは、彼が3歳のことだった。「お風呂に入れた時の表情が印象的で、本当に気持ち良さそうにしていたのです」と母の智江さんは振り返る。「試しに家族でプールに行ってみたところ、喜怒哀楽が少なく一人でいることが多かった拓也が満面の笑みで泳いでいきました。泳ぐことを通じて社会を学んでいくかもしれないと思い、スイミングスクールに入会させたのです」。

その後、めきめきと水泳のセンスを発揮していった津川選手。17歳で2009年の東京アジアユース大会(IPC)で日本代表入りを果たし、国際大会のデビュー戦となった11年のINASグローバル大会(イタリア)の100メートル背泳ぎでは、みごと銀メダルを獲得(1分05秒57)。続く12年のロンドンパラリンピック同種目(S14)で6位に入賞(1分05秒89)。15年のINASグローバル大会(エクアドル)では、200メートル背泳ぎで日本記録(2分20秒69)を出した。この記録はINAS世界新記録だった。「自己ベストを更新してメダルを獲得する」ことを目標に掲げ、リオ・パラリンピックで100メートル背泳ぎでは、1分03秒42のタイムで銅メダルを獲得。200メートル個人メドレーでは自己ベストの2分18秒03で5位入賞を果たした。

思いの丈を知るヒント
2015年7月、津川選手は日本オリンピック委員会が行っているトップアスリートの就職支援ナビゲーション「アスナビ」を活用し、ANAウィングフェローズ・ヴイ王子株式会社に就職した。航空機の整備記録や帳票を整理しデータ化する業務を担当、几帳面で真面目な仕事ぶりと穏やかで明るい性格で上司や同僚からも信頼を得ている。周囲の皆さんも津川選手が遠征に向かう際は「がんばって!」と職場を送り出し、試合会場に手書きの似顔絵応援メッセージが入った横断幕を掲げて応援してくれている。また自分から思いを言葉で表現することは少ない津川選手、「社会人になったら、職場を離れて出張にいく場合は報告書を出すんだよ、遠征や合宿の時、拓也はどうしようか」。そんな母・智江さんの問いかけから、遠征や合宿の際は「絵」で報告書を作ることにした。

彼が練習に打ち込み、自己ベストを目指すのはなぜか。その思いの丈を知るヒントの1つに、その絵日記のような報告書がある。水泳部だった中学時代、美術部と兼部していたほど絵を描くことが好きな津川選手、真っ白なA4の紙に、何時間もかけて丁寧にペンを走らせる。彼の記憶力の良さと細やかな表現に驚かされる、数十人の観客の笑顔を一人ひとり丁寧に描くその絵は、ユニークで温かみがある。
リオデジャネイロパラリンピックでメダルを獲得したときの絵には、応援してくれている職場の人の喜ぶ顔の脇に、「みなさんのがんばれの応援の声にたくさんの力が出ます」「一人では難しいことも、仲間と気持ちを支え合えれば乗り越えられます」といったコメントが添えられている。大好きな水泳を通じて、出会った人たちに笑顔を届けたいという思いが見えてくる。

「楽しいよ、仲間が待っているよ」
ANAのリオデジャネイロ・オリンピックパラリンピックのCMに出演した際の津川選手の言葉だ。CMの構成は、アスリートが登場し「10年前の自分へ」というテーマでメッセージを言うというものだったが、津川選手からでたこの言葉は囲を驚かせたという。撮影本番で、思いがけず津川選手から出た言葉には、そんな彼の思いが込められたものだったに違いない。

そして絵日記には、「次は2020東京です。たくさん練習して、毎日お仕事を頑張って金メダルを目指して頑張ります。応援、よろしくお願いします」とコメントがある。
次の目標は、来年3月に静岡で行われるパラ春季水泳記録会で結果を出し、東京2020パラリンピックの出場権を得ること。そのために津川選手は、自己ベストを追求し、次の目標に向かい丁寧にルーチンを積み上げていく。

津川 拓也(つがわ たくや)

水泳競技・S14クラス/ANAウィングフェローズ・ヴイ王子株式会杜所属
1992年7月1日、兵庫県出身、大阪在住
1歳の時に言語発達遅滞と自閉傾向を伴う精神発達遅滞と診断される。
姉とともに3歳で兵庫県尼崎市のスイミングスクールに入会。
中学校で水泳部に入部し、競技水泳を本格的にスタート。
17歳の時、2009年アジアユースパラ大会で日本代表団入り。
2012年ロンドンパラリンピックで6位入賞(S14クラス/背泳ぎ100m)。
2016年、リオデジャネイロパラリンピックで背泳ぎ100メートル(S14)で銅メダル獲得。
同年、知的障害者の大会INAS Swimming Championshipで自身の持つINAS 世界新記録を更新して優勝(200m背泳ぎ)。
2018年シーズンはパンパシパラ水泳競技大会で背泳ぎ100m銀メダル、個人メドレー100m4位。
アジアパラ大会で背泳ぎ100m銅メダル、個人メドレー100m 6位。
 
 
取材・撮影:越智 貴雄  取材・文:スポートレート編集部