石井選手には、昨年まで越えられなかったものがあった。“60%の壁”だ。
パラ馬術は、障がいの程度によって5つのクラスに分かれ、石井選手は障がいが最も軽いグレードⅤのクラス。このクラスはほとんど健常者に近い選手で見た目では障害があるとはわからない選手が多い。その中で、片手での騎乗は非常に珍しい。規定課目は3種目あり、個人種目の「インディビジュアルテスト」、3名で構成されたチームで障がいの程度に関係なくクラスオープンで規定課目を行う団体種目の「チームテスト」、個人課目の成績上位者のみが進出し、曲にあわせて自由に演技を行う「フリースタイルテスト」だ。入場から退場までの間、馬は「常歩」(なみあし:最もゆっくりとした歩き方)「速歩」(はやあし:常歩の倍のスピード)「駈歩」(かけあし:最も速いスピード)の3種類の歩法で、円を描いたり、蛇行したり、後退などの運動を行う。それぞれの課目に対して美しさと正確さが、10点満点の減点方式で採点され、その合計の得点率で順位を競う。
これまで何度もグレード別では、優勝を飾ってきた石井選手だが、どうしても点数は50%台にとどまっていた。これでは世界のトップ選手のみが出場できるパラリンピックへの切符どころか、国内でも通用しない。60%を超えることが、最大のミッションとなっていた。
そんななか、ついにその“壁”を打ち破る時が訪れた。2020年11月に馬事公苑で開催された「全日本パラ馬術大会」だ。同大会は、石井選手が新しいパートナー「デフュアステイネルス」とのデビュー戦でもあった。
デフュアステイネルスと初めて会ったのは、昨年夏のこと。これまでグレード別では優勝しているものの、国内での強化指定選手に入っていない。強化指定選手に入り、海外勢に勝つためにはさらに高得点を狙う必要があると考えた石井選手は、昨年から新しいパートナーを探していた。
だが、なかなか良い出会いはなかった。
石井選手が現在練習の拠点としているのは、乗馬クラブ「エバーグリーンホースガーデン」(千葉県)。会員の人を介して馬のオーナーと出会い、ある一頭の馬を試しに乗ってみることになった。初めての騎乗でありながら、指示に対して従順に、なおかつ美しい動作をする馬で、馬自身の高い才能を感じた。
「この馬と一緒に、東京パラリンピックを目指したい」
ようやく出会うことができたパートナー。それが、デフュアステイネルスだった。
「馬はとても繊細な動物で、性格や走り方も一頭一頭まったく違うので、自分との“相性”はとても大事です。デフュアステイネルスは乗ってすぐに相性の良さを感じました。能力も高くて、素晴らしい調教を受けている馬であり、私の合図にも正確に従ってくれたのです。これは、貴重な馬だと思いました。私との相性の良さは、周囲の人にも伝わっていたのだと思います。オーナーさんからも“この馬でやってみますか?”と、ペアを組む許可をいただくことができました」
その新パートナーとのデビュー戦となった全日本大会、石井選手は初日のチームテストで62.830%、2日目にはインディビジュアルテストでも61.429%をマーク。昨年まで越えられなかった“60%”の壁を初めて打ち破ってみせた。
「デフュアステイネルスが持っている能力を考えれば、もっと得点を伸ばすことができたはずで、反省ばかり。決して満足はしていません。ただ、これでようやく東京パラリンピックの出場に向けて、勝負できるスタートラインに立つことができたかなと思います」