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ATHLETES' CORE

陸上(短距離/走幅跳)


陸上はパラリンピックでも人気競技のひとつだ。東京パラリンピックの走幅跳で日本代表に内定している前川楓選手は、前回の2016年リオパラリンピックの同種目4位。あと一歩のところでメダルを逃した雪辱に燃えている。東京大会でメダルを手にできたら、その先にいったい何が見えるのか? それを確かめたいと挑戦を続けてきた彼女の今に迫る。
一人ぼっちの練習環境で自身を客観視できるように
前髪をパツンとそろえたサラサラのショートヘア。走ると風になびくその髪は、あるときはゴールド、またあるときはグリーン、さらにブルーやピンクとしばしば色が変わる。「髪色を変えるのが好き」という前川楓選手は無類のファンション好きでも知られる、自由な発想の持ち主だ。

「今、全部が楽しいんです。常に何かに挑戦している感じがあって」

 2019年11月に開かれた世界パラ陸上競技選手権ドバイ大会。走幅跳の女子T63(膝から上を切断した選手が義足などで出場するトラック競技)クラスで4m13を記録し、自己ベストを叩き出した前川選手は2020年東京パラリンピック日本代表に内定した。
ところがパラリンピックイヤーの2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会は軒並み中止。東京パラリンピックも3月24日の時点で1年延期が発表された。

「そうなるかもしれないという雰囲気はあったし、あと1年あればもっと記録を伸ばせるだろうとも思ったのでマイナスには考えませんでした。ただ、一人ぼっちで練習するのは本当につらかった」

 もともと仲間の選手たちと一緒に練習し、互いに意見交換をしながら力をつけていくタイプの前川選手。それが感染防止のため競技場が使えなくなり、仲間にも会えなくなってモチベーション維持に苦労した。
 それでも三重県津市にある実家で屋内トレーニングを積み、近隣の競技場を使えるときは一人で出かけて行って、スマートフォンに三脚を立て自身の走りや跳躍を動画におさめ自己分析に励んだという。

「自分という別の人を見ているような意識で、『今の走りは結構良かったな』とか、『今が100の意識の動きだとしたら、次は200ぐらいの意識で思い切り健足(義足でない方の足)を動かしてみよう』とか、だいぶ自分の体の動きを客観視できるようになりました」

 自分の動きがわかるというのは理想の走りに近づく近道でもある。
 

“ボヨン”の感覚をひたすらつかむ
 リオ大会に次ぐ2度目のパラリンピック挑戦で自身初のメダル獲得を狙う前川選手には目下、2つの課題がある。1つは技術面、もう1つはメンタル面の改善だ。

「今年の冬は飛距離を伸ばすため、従来の健足の動きと義足の動きを変える練習に力を入れました。健足は今まで地面を後ろに掻くような感じだったんですけれども、もっと足首を固定したまま地面を蹴って飛び出すようなイメージの動きを何回も何回も繰り返しました。義足のほうは“ボヨン”の感覚をひたすらつかむ練習です」

 ボヨンというのは、義足(板バネ)のたわみを利用し跳ねる力のことで、前川選手流の言い回し。そして、これらの練習には次のような狙いがある。
大半の義足を使用するジャンパーがそうであるように、前川選手も跳躍時は義足側の足で踏み切る。そのとき義足のたわみを十分に生かして跳ねる力を得るには、一歩前の健足をしっかり使って重心を落とし込む必要があるのだが、前川選手は重心を落とし切れていなかった。そのため足首をもう少し固定して重心を落とし、地面を蹴る力を義足の踏み切りに繋げようというのだ。

 また、跳躍には強い体幹も必要で、「義足で高く跳ねたとき体がグニャッとなって力が逃げてしまわないよう、体幹を鍛えるコアトレーニングやお尻の筋肉を鍛えるウェートトレーニングを増やしました」と前川選手。特にウェートトレーニングはこれまで週2日だったところを週5日に増やし、1日2時間のメニューをこなしている。その効果は助走の力強さに現れてきていると感じているそうだ。

 一方、メンタル面は緊張のコントロールが課題で、「特に同じくらいの実力の選手と競うとなると、勝ちたい思いが出過ぎて、何メートル跳びたいとか、何秒で走りたいという目先の記録ばかりに目が行き体に力が入ってしまうんです」というのが以前の前川選手だった。
それが、「試合では目的や目標を見つけて最大限に力を発揮しよう。それができたら結果がついてくるはずだと考え、自分の体の動きに集中できるようになりました」と言い、現在では「ライバルと戦う状況を楽しめるようになって、勝っても負けても得られるものがすごく増えたんです」と目を輝かせる。
なかなか口には出せなかったけれど、本当は記録を追い求め勝利にこだわることに、ちょっぴり息苦しさを覚えていたのだろう。


新たな練習環境でメダル獲得を目指す
 前川選手が変わったのは2020年6月に新たな練習環境に飛び込んだことが大きく影響している。日本を代表する義足アスリート、山本篤選手のいる大阪へ拠点を移し指導を仰いだのだ。
 山本選手といえば2008年北京パラリンピックの走幅跳で銀メダル。リオパラリンピックでも同種目銀メダルと4×100mリレーで銅メダルを獲得した実績の持ち主で、国家資格の義肢装具士免許も持つ。さらに大阪体育大学で陸上競技の専門的な理論と競技用義足の研究を積んだことでも知られる。

「以前はトレーニングひとつ取っても、このやり方で合っているのかな?って疑問に思いながらやっていたんです。それが今では自分がどこを鍛えているかをちゃんと意識できています」と前川選手。

 一緒に頑張る仲間たちと会えなくなって心の支えを失ったと感じたとき、差し込んだ一筋の光……。それが日本パラ陸上界をリードする山本選手の存在だった。

「義足で走り始めたときから、篤さんの“常に挑戦し続ける”姿勢を尊敬していました。また、今の練習環境には他にも一緒に練習する選手がいるので、走り方を真似てみたり意見を求めたりして、挑戦することが楽しくなりました」

実は前川選手は中学3年生のとき、犬の散歩中の交通事故で右足を切断する以前はバスケットボールの強豪校で活躍していた。一緒に入部した同期生が3年生になる頃には半数に減ってしまうほどの厳しいチームで、スタメン争いもし烈だったが、いつも励まし合い切磋琢磨できる仲間たちだった。
前川選手の競技生活には現在もこのかけがえのない体験が根底にある。陸上は個人競技だが、彼女にとってはチームスポーツの要素も大いに含んでいるようだ。
 
 本番までいよいよ5カ月を切った東京パラリンピックで前川選手が目指すのはメダル獲得。

「パラリンピックでメダルを取った選手と話していると、考え方とか感じ方が異次元なんです。メダルを取ると何が見えるのか、メダルを取った自分がどうなるのかを知りたい。だからメダルが欲しいです」


前川 楓(まえがわ かえで)

陸上T63クラス/新日本住設株式会社チームKAITEKI
1998年2月24日、三重県生まれ。
中学3年生のときに交通事故で右足を失う。
高校から義足で陸上を始め頭角を現す。
2016年リオパラリンピックで走幅跳4位、100m7位。
女子走幅跳の日本記録保持者・井村久美子さんの指導を受け、
2019年世界パラ陸上競技選手権でアジア記録。
走幅跳で2020年東京パラリンピック日本代表に内定する。
 
 
取材・撮影:越智 貴雄  取材・文:高樹 ミナ