障がい者スポーツを応援する:SPORTRAIT

INSTAGRAM
FACEBOOK
twitter

障がい者スポーツを応援する:SPORTRAIT

INSTAGRAM
FACEBOOK
twitter
ATHLETES' CORE

陸上(車いすレース)


日本のパラ陸上界で東京パラリンピック内定第一号となったのが鈴木朋樹選手だ。世界のトップランナーたちが集結した2019年4月のマラソン世界選手権(ロンドン)で堂々の3位でゴールし、世界最高峰の舞台への切符をつかみ取った。自身にとっては初めてのパラリンピックを前に日本のエースは何を思い、トレーニングの日々を送っているのか。勝負の時を待つ鈴木選手にインタビューした。
上々のスタートを切ったパラリンピック・イヤー
昨年、東京オリンピック・パラリンピックの史上初となる延期が決定し、2度目の“パラリンピック・イヤー”となった2021年。鈴木選手はどんな思いを持って迎えたのだろうか。

「まだまだ世界的に不安定な状況ではありますが、選手としては一つ一つのレースでベストなパフォーマンスをすること。そして最高の状態で8月開幕の東京パラリンピックに臨む、そのための準備をしていくこと。2021年はそれに尽きると考えて迎えました」

このインタビューの約1カ月後、3月20、21日に駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場行われた「日本パラ陸上選手権大会」(以下、日本選手権))で早速“有言実行”の姿を披露した。

鈴木選手は、トラック競技では中距離、特に日本記録を持つ800mをメインとしている。しかし、今回は100mにもエントリーした。その専門外のレースで予選を全体の2位で通過すると、決勝では現在の日本短距離界エースの生馬知季選手を破って優勝したのだ。生馬選手との差は時間にすれば0.1秒だが、レーサー(競技用車いす)の前輪1個分以上の差があった。振り切っての完勝とはいかなかったが、専門外での100mと考えればこの差は大きな勝利と言えた。

「正直、勝てるとは思っていませんでした。ここまでできたというのは本当にうれしい。達成感があります」

話しぶりはいつもの冷静な鈴木選手そのものだった。だが、言葉通りに喜びを感じていることが十分に伝わるレース後の様子に、“本番”への大きな手応えがあったことは間違いない。

東京パラリンピックが延期となって以降、鈴木選手が800mで世界のトップランナーたちと肩を並べるために新たなチャレンジとして重点的にトレーニングを行ってきたのが、短距離でのスピードだった。特にスタートから50mの区間のスピードにこだわって強化してきた。ところが日本選手権ではスタートを失敗し、完全に出遅れている。50mの時点では生馬選手にレーサー半個分ほどのリードを許していた。だが、そこから巻き返しをはかった自身の走りに、より自信をつかんだという。

「たとえスタートで失敗しても、そこからリカバリーできる力も身についていることを実感しました。800mのレースのなかでもさらに上げていかなければいけない時があるので、100mという短い距離でそれができたのは自信につながると思います」

東京パラリンピックでの活躍を予感させる今シーズンの幕開けとなった。


“世界のモンスターたち”に弾き返された世界選手権
現在、鈴木選手が短距離での加速力を強く意識しているのには理由がある。たとえ中距離でも序盤の100m、200mで優位に立つことがその後のレースを左右するポイントの一つとなるからだ。そのことを痛感させられたのが、2019年の世界選手権だった。表彰台を狙っていた800mでは日本人で唯一予選を通過したが、決勝では最下位。自信のあった終盤でのスプリント力を発揮する前に勝負が終わるという悔しいレースとなった。

優勝したダニエル・ロマンチュク選手(アメリカ)との差は3秒以上も開いた。その差を生んだ一つの要因として鈴木選手が挙げたのは、スタートからの序盤の走りだった。実は100m~200mの間でトップランナーたちに突き放されていたのだ。

世界選手権前からスタートに関しては重きを置いてトレーニングを積んできていた。そのため鈴木選手には自信があった。実際、決勝のメンバーの中でも速いスタートを切ることができている。しかし一番速かったわけではなかった。“世界トップレベル”ではなく“世界トップ”を追い求めなかった自分の甘さが、そのレースに表れていたという。

「スタートでついていければ、そこからなんとかなると思っていましたが、世界の選手たちから“それではまだまだだよ”と言われたレースだったような気がしています。スタートでトップに立つくらいまでにならなければ、強い選手たちがひしめき合っているなかで主導権を握れるポジションにつくことはできないし、さらにそこから勝つレースをするというのは難しい。それこそ100mの世界トップランナーと同等のスタート力が必要だということを身に染みて感じました。それで延期となったこの1年で、日本の100mの選手にも勝るスタート力をつけたいと考えたんです」

それまで鈴木選手がトレーニングで最も意識してきたのがスピードの上げ下げがあるなかで「どんな局面からでも、もう一段階加速していける力」を身に付けることだった。しかし現在は100mまでの加速力を重視している。なかでも難しいのは制止した状態のスタート直後の加速力を上げることだ。にそのため100mのなかでも特にスタートから50mの間にどれだけスピードを上げていけるか、その短い距離での爆発力を強く意識している。

日本選手権では100mでの加速力という点では大きな手応えを感じた鈴木選手。東京パラリンピックでは納得のいくスタートを切り、50mまでの加速力の高さを見せつけてくれるに違いない。


未来に描く前人未踏のパラリンピック連覇
「世界のモンスターたちに勝つために」
近年、鈴木選手がよく口にするフレーズだ。この言葉を口にする時の彼の表情は実に生き生きとしている。恐怖心やとまどいは微塵も感じられず、高揚感と希望に満ちているのだ。

一度も表彰台に上がることができず、メインとしていた800mでは完敗だった2019年世界選手権でも、こう語っている。

「世界のモンスターたちと一緒にこれだけ多くのレースができて、スポーツの楽しさを再確認することができました」

スポーツに関しては自他ともに認める負けず嫌いで、一番の楽しさは「勝つこと」であるはずの鈴木選手が、なぜ負けてなお「楽しい」と感じるのだろうか。その理由を、彼はこう述べている。

「世界選手権は惨敗というくらい何もできませんでした。ただその結果を残念と感じるよりも、予想以上に世界はもっと強かったということにワクワクしていた自分がいました。」

越えなければならない山が高ければ高いほど、そこに挑もうとする気持ちが掻き立てられる。そして目の前に次の高い山が見えると、そこに向かわずにはいられない。さらに高いレベルでの勝負が待ち受けていることが嬉しくてたまらないのだ。それは難しいことほど、勝った時の喜びは格別だと思うからだ。

東京パラリンピックの切符を獲得したマラソン世界選手権で3位の鈴木選手にとっては金メダルに最も近いのがマラソンだ。しかし、それでも「自分の一番のメインはトラック競技」と位置づけ続けるのは、走れば走るほど勝つ難しさを感じるからだという。

「ふだんは楽な方を選ぶことが多いのですが(笑)、なぜかスポーツに関しては厳しい道の方に魅かれてしまうんです。そういう点では中距離の800m、1500mは選手層が厚くて本当に勝つことが難しい。でも、だからこその楽しさがあるなって。“次はここをこうしよう、あそこをどう変えていこうか”という過程も楽しいですし、世界のモンスターたちばかりのレースで勝った時のことを考えるとワクワクしてしまうんです」

パラリンピックにおいて鈴木選手のクラスT54(車いす)での男子800mは、2008年北京から2016年リオまでは3大会連続でファイナリストさえも出ていない厳しい状況が続いている。だからこそ、鈴木選手は挑み甲斐を感じているのだろう。将来的には2024年パリ、2028年ロサンゼルスでは日本人史上初のパラリンピック連覇を達成することが目標だ。

そのためにも4カ月後、まずはトラック競技で世界のモンスターたちと肩を並べ、メダリストの一人に名を刻む。そして最終日のマラソンでは世界の頂に立つつもりだ。

RELATED ARTICLE
関連記事

鈴木 朋樹(すずき ともき)

陸上競技T54クラス/トヨタ自動車所属
1994年6月14日、千葉県生まれ。
生後8カ月後での交通事故で脊髄を損傷し、
幼少時代から車いす生活を送る。
小学5年生から車いす陸上を始め、徐々に頭角を現す。
大学3年時、2015年世界選手権に初出場、期待の若手として注目されるも、
翌年のリオデジャネイロパラリンピックの出場は逃す。
マラソンでは2018年大分国際車いすマラソンで準優勝するなど実績を積み、
2019年マラソン世界選手権で3位に。陸上では東京パラリンピックの内定第一号。
中距離をメインとするトラック競技でも日本のエース的存在。
2019年世界選手権では800m、1500mで決勝進出、8位入賞。
800m日本記録保持者。
 
取材・撮影:越智 貴雄  取材・文:斎藤 寿子