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ATHLETES' CORE

競泳


高校生で2004年アテネパラリンピックに出場してから2016年リオデジャネイロ大会まで、4大会連続でパラリンピックに出場。金を含む5個のメダルを保持する鈴木孝幸選手は日本のパラ水泳界の顔として約20年、第一線で活躍を続けてきた。そして、2012年ロンドン大会後にはイギリスに拠点を移し、現地の大学で語学とスポーツマネジメントを学びながら競技を突き詰めてきた。30代半ばになってなお泳ぎのスピードを追求するメンタル・フィジカルともにタフでクールな鈴木選手は何を語るのか。
1年ぶりの公式戦で見つけた課題
 春が訪れた東京に鈴木孝幸選手の姿があった。2013年に始めたイギリス暮らしも丸7年。
「こんなに長く日本にいるのは久しぶり」と本人が言うように、彼の活動拠点であるニューカッスルでも新型コロナウイルス感染拡大の影響でプールの使用がままならなくなり、2020年3月に帰国していた。

「幸い現在はNTC(味の素ナショナルトレーニングセンター)のプールでしっかり練習できています」

 今年3月には約1年ぶりの公式戦となる日本パラ水泳選手権大会(6、7日/静岡県富士水泳場)に出場し、男子100m自由形と50m平泳ぎで大会新記録。50m自由形でも東京パラリンピック派遣基準記録を上回った。
 久々のレースとしては十分な結果に思えるが、1分22秒70だった100m自由形は本来、1分21秒台を狙っていたため、やや不服そうだ。鈴木選手にとって同種目は2019年パラ水泳世界選手権ロンドン大会で金メダルを期待されながら、ロシアの新鋭ロマン・ズダノフ選手に敗れ銀メダルに甘んじた因縁の種目で、東京パラリンピックでの雪辱を誓っている。

「緊急事態宣言下ではプールが使えなかった分、ステイホームでウエイトトレーニングと体幹を鍛えるコアトレーニングを重点的にやっていたんですが、その効果が出たみたいで泳ぐときの出力が上がったと感じました。ただ、水を掻く力は強くなったものの、それゆえに体のバランスが微妙に崩れ水の抵抗が増して、特に後半は思いのほかタイムが伸びませんでした」

 水泳は速度を生み出す出力(パワー)と水の抵抗のバランスが重要。出力が上がったからといって、それが前に進む推進力に直結するとは限らない。しかも鈴木選手の体は短い右腕と右足に比べ左腕と左足が長く、ただでさえ左右のバランスを取るのが難しい。それもあって、「バランスが崩れることは想定の範囲内だった」と鈴木選手。
「原因がわかっているので、あとは修正に取り組めばいい。それは苦にならない」と競技歴18年を超えるベテランは冷静だ。


元イギリス代表コーチと二人三脚
 これまでの実績もさることながら、ロンドンパラリンピックの翌年に競技活動の拠点を海外に移したキャリアは興味深い。現役のパラアスリートで7年もの外国暮らしは異例だ。

「最初は1年間の語学留学のつもりだったんですが、現地でも練習をしたかったので、イギリス国内でコーチを探し紹介してもらったのがルイーズ・グラハムさんでした。僕の通うノーサンブリア大学でヘッドコーチをしていて、ロンドンパラリンピックではイギリス代表チームのコーチも務めました。向こうでは英語の勉強をしながら大会にも出場していたので、大学から『うちの学生として泳いでほしい』とオファーされイギリスに残ることにしました」

 将来はスポーツ関連の組織で働き、自身のスキルと経験を生かしたい。そんな鈴木選手の思いを汲んだのが所属先のスポーツアパレルメーカー「ゴールドウイン」。鈴木選手は同社の研修制度を活用し、競技と学業を両立させている。
ちなみに専攻はスポーツマネジメント。2019年1月には大学院にも進み、コロナ自粛期間中には修士論文も書き上げた。
もちろん言語は英語で、「たくさん添削が入りますよ」と本人は謙遜するが、授業や生活に不自由はない。
ただ、渡英してしばらくは言葉の壁を痛感し、「特にわからないことを『わからない』と説明できないのがもどかしくてストレスになりましたね」と話す。水泳の練習のときもグラハムコーチとうまく意思疎通ができず、行き違いからものすごい剣幕で怒られたことがあったそうだ。

「今ではそんなこともなくなりましたけど、当時は本当に怖かった。グラハムコーチは身長180cmくらいある大柄な女性で、声も大きいし早口なので怒るとめちゃめちゃ迫力があるんです。僕は当時26歳とか27歳のいい大人でしたけれども、『この年になってこんなふうに怒られるんだ』と驚きました」

 だからといって、彼女は感情的な指導者ではない。経験と理論に基づく実践的な指導で、鈴木選手がメダルを逃したリオパラリンピック後にはテクニカル面の大幅な変更にも成功している。
その結果、タイムを伸ばした鈴木選手は、一時は諦めかけていた東京パラリンピックに挑戦することとなった。


ライバルに勝つより自己ベストが嬉しい
 グラハムコーチのもとでモデルチェンジを図ったのは平泳ぎと自由形。その理由はこうだ。

「平泳ぎは2回掻いて1回呼吸していたのを、4回掻いて1回呼吸するようにしました。グラハムコーチいわく、僕は呼吸をするときに掻きが小さくなるので、呼吸の回数を減らして大きな掻きの回数を増やせばスピードに乗るんじゃないかという分析でした。これが大正解で、金メダルを取った北京パラリンピック以来の48秒台が出せるようになったんです。一方の自由形はターンをクイックターンからタッチターンに変えて、これもタイム短縮に繋がりました」

 さらに北京パラリンピック後から人知れず失っていたという、かつての“水に乗る”ような感覚を取り戻したいと思っていた鈴木選手は、泳いでいるうちに下半身が沈んでしまうことを指摘され、お尻の位置を水平にキープできるよう体幹を鍛えるコアトレーニングに着手。同時に脂肪を筋肉に変えるウエイトトレーニングも増やしていった。

「姿勢が水面に対してフラットならば水の抵抗が減り、出力を生かせて推進力に繋がります。だからコロナ禍のステイホーム中もプールに入れない時間をトレーニングにあててきました」

 自室には本格的なトレーニング器具がないため、2リットルのペットボトル4本分に水を入れ8kgのダンベル代わりにしたり、TRXと呼ばれるロープ状のトレーニング用具を購入し体幹を鍛えるなど工夫した。
その甲斐あって、脂肪を落としながら筋肉をつけることに成功し、マックス49kgあった体重は現在46kg前後をキープ。以前よりも引き締まった腹部を指し、「クリスティアーノ・ロナウド選手みたいな腹筋を目指します」と冗談めかしに笑う。

 今年9月に予定されている東京パラリンピックでは同じS4クラスで、北京からリオデジャネイロ大会まで150m個人メドレー3連覇のキャメロン・レスリー選手(ニュージーランド)や、2019年世界パラ水泳選手権ロンドン大会の100m自由形で金メダルを譲ったズダノフ選手らがライバルとなる。

 しかし、周りが期待するライバル対決をよそに、「ライバルに勝ちたい気持ちよりも、どうしたら自分が速く泳げるかにどんどん興味が沸いてきてしまって、今は自己ベストを出すのが嬉しい」と鈴木選手。ただパラリンピックに関してはメダルがもたらす影響力を知るだけに、「やはり金メダルが欲しい」と率直な思いものぞかせた。

 鈴木孝幸も34歳になった。東京パラリンピックは競技人生の集大成とも考えている。

「でも、2024年のパリパラリンピックも目指すくらいの気持ちで、これが最後だと自分にプレッシャーをかけずに臨みたいです」

東京パラリンピックの水泳日本代表は、今年5月のジャパンパラ水泳競技大会(21〜23日/横浜国際プール)で内定する見通しだ。


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鈴木 孝幸(すずき たかゆき)

水泳S4クラス/株式会社ゴールドウイン
1987年1月23日、静岡県生まれ。
先天性の四肢欠損。6歳で水泳を始める。
2004年アテネからパラリンピック4大会連続出場。
2008年北京の金を含む5個のパラリンピックメダルを保持する。
2013年からは英ノーサンブリア大学を拠点に活動。
2019年世界選手権では日本選手団主将を務めた。
 
 
取材・撮影:越智 貴雄  取材・文:高樹 ミナ