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ATHLETES' CORE

競泳


2017年に彗星のごとく現れた辻内彩野選手は日本のパラ水泳界をけん引する注目の若手だ。高校時代にはリレーでインターハイに出場したが、大学1年生の春、徐々に視力が低下していく進行性の難病「黄斑ジストロフィー」と判明。しかし、水泳一家の家族やパラリンピアンの親友に背中を押されパラ水泳に転向した後は9つの日本新記録と2つのアジア記録を樹立した。東京パラリンピックの日本代表に内定した彼女の素顔に迫る。
国内では敵なしも世界の壁は厚い
 すごい子が出てきたぞーーー。2016年リオデジャネイロパラリンピックの翌年、日本のパラ水泳界が色めきたった。リオデジャネイロ大会でメダル0個に終わった女子に、東京パラリンピックでメダルを狙えそうな逸材が現れたのだ。
 2017年9月のデビュー戦。辻内彩野選手は視覚障害者の中でも弱視が対象のS13クラスでいきなり3種目の日本記録を更新した。

 その実力は国際大会でも通用し、2018年アジアパラ水泳競技大会で4個のメダルを獲得。翌2019年のパラ水泳世界選手権大会でも女子100m平泳ぎで銅メダルに輝くなど、瞬く間に世界のトップクラスへ駆け上がった。

2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で国際大会が相次いで中止に追い込まれ、その状況は今もって続いているが、日本国内では2021年3月、静岡県富士市でパラ水泳日本選手権大会(6、7日)が開かれ、辻内選手は最終日の女子50m自由形と100m自由形で日本新記録をマークした。

特に50m自由形の27秒83はリオデジャネイロパラリンピックの銀メダルに相当する好タイムで、自身初のパラリンピック代表の座にまた一歩近づいた格好だ。

 だが世界に目を向けると、その壁は厚い。例えば50m自由形の世界記録はイタリアのカルロッタ・ジリ選手が保持する26秒67。辻内選手が更新した日本記録と1秒16の開きがある。

「私も26秒台を狙っていますが、まだまだ課題はあります。その一つが呼吸のタイミングで、呼吸をしたときに体の軸がブレてしまうので、コロナ前よりも顔を上げるタイミングを少し遅らせて短い時間で呼吸をし、体の軸を安定させるよう意識しています。体の軸がブレると水の抵抗が増して推進力が落ちるので」


感覚で泳ぐ水泳から考える水泳に
 自身の泳ぎの改善点を歯切れよく話す辻内選手は最近、「頭を使って泳ぐ」ようになったとも話す。

「昨年4月に最初の緊急事態宣言が出たとき、2カ月近くプールから離れた時期があって、自分の泳ぎや水泳に対する気持ちを見つめ直したんです。自分には何が足りないのかなって。その結果、もうちょっとああしてみよう、こうしてみようと普段の練習から考えて泳ぐようにしようと思いました」

 それ以前も考えていなかったわけではなかった。ただ彼女には高校2、3年のときにリレーでインターハイに出場したり、2年生でジュニアオリンピックに出場したりした輝かしい実績がある。加えて「レースではあまり緊張しない」という度胸の良さも持ちあわせているため、2019年の世界選手権あたりまでは「感覚重視で泳いでいた」と言う。

それが世界で勝ちたい、一番になりたいと思うようになってから、自身の泳ぎをもっと細部まで突き詰めなければ海外の強豪たちに太刀打ちできないと悟ったのだ。

決意は行動に表れた。プールに入れない時間を苦手なウエイトトレーニングにあてるようになり、重りの入ったメディシンボールで筋力トレーニングをしたり、バランスボールを使って体幹トレーニングをしたりした。
あるときは父親が屋根の塗装を塗り直そうと大量に買ったペンキの一斗缶(18ℓ)を利用してスクワットもしたという。
「あの四角い缶には取っ手がついているので、結構使えるんです」と笑う辻内選手。その甲斐あって、前述のパラ水泳日本選手権大会は約1年半ぶりの公式戦にもかかわらず、日本記録の更新にもつながったのだろう。

またコロナ禍で気持ちが沈んだり、プールで練習ができず焦りを感じたこともあったそうだが、「そんなときは母が散歩に連れ出してくれて自宅近くの川沿いを何キロも一緒に歩いたり、大学の部活動で水泳をやっている妹がトレーニングに付き合ってくれたりしたおかげでやる気になった」と家族の協力に感謝する。

辻内選手の競技生活に家族の支えは欠かせない。何しろ父はスイミングスクールの現役コーチ、母はインターハイや国体、日本選手権などに出場した元スイマーという水泳一家で、両親や妹が良き相談相手という理想的な環境なのだ。
辻内選手自身も小学3年生で水泳を始めて以来、日々の暮らしに水泳があった。

親友の言葉で踏み出した第2の競技人生
スイマーとしては恵まれている彼女だが、弱視の原因になっている進行性の難病「黄斑ジストロフィー」は年々、進んでいる。
徐々に視力が低下したり視野が欠けたりしてくる病気で、現在は「カメラのピントが合わないの同じで全体がぼやけて見えて、見たい物が二重に見える感じ。天候や明るさによっても見え方は変わります」と説明する。

「最初は1.5あった視力が小学4、5年生あたりから落ち始め、中学・高校でさらに見えにくくなって、作ったメガネが半年もすると合わなくなりました。普通の近視にしてはおかしいということで病院で検査をしてもらったら、黄斑ジストロフィーかもしれないと言われ、大学1年生の5月に診断が確定しました」

そう語る辻内選手は一方で、「原因がわからないまま視力が落ちていくのが怖かったので、原因がわかってホッとしました。この病気には失明するタイプとしないタイプがあって、私の場合は失明はせず、光を感じることはできると言われたのも救いでしたね」とも。

 この頃、ふと思い出した高校時代の親友のひとことが彼女の人生を大きく転換させた。

「同じ水泳部だった親友の森下友紀選手がリオデジャネイロパラリンピックに出場したパラリンピアンで、たまたま一緒にカラオケに行ったとき、私が『もっと目が悪くなったら終わりだよ』みたいな話をしたら、『そうなったらパラにおいでよ』と言ってくれたんです。その言葉を思い出して視覚障害クラスのタイムを見てみたら、自分にもやれそうだなと思いました」

 病気の不安よりも、またレベルの高い大会で泳げたら楽しいだろうなというワクワク感が勝ったという辻内選手。実はこのとき、妹の水泳大会の応援やレース映像の撮影をしながら、「またレースに出たい」という気持ちがフツフツと湧き上がっていたのだそうだ。

 こうして踏み出した第2の競技人生は、最大の目標にしてきた東京パラリンピックを迎えようとしている。1年延期になった上に今もってコロナが収束せず、「安心して安全に開催できないと選手も観客の皆さんも楽しめない」という気持ちと「選手としては開催してほしい」という気持ちが複雑に入り混じるが、東京パラリンピック日本代表に内定した今、辻内選手は目の前のことだけを考えている。

「東京パラリンピックに出ることは大前提。レース本番で決勝に残って、自分史上最高のパフォーマンスで笑顔になるというのが一番の目標です」

 メダルの色はあえて口にせず、自身の泳ぎに集中するのみだ。


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辻内 彩野(つじうち あやの)

水泳競技 視覚障害(弱視)S13、SB13、SM13クラス/三菱商事
1996年10月5日、東京都江戸川区生まれ。
水泳一家に生まれ、小学3年で水泳を始める。
大学1年生のときに進行性の難病「黄斑ジストロフィー」と診断され、
2017年にパラ水泳に転向。
2018年アジアパラ水泳競技大会で4つのメダルを獲得。
2019年パラ水泳世界選手権大会女子100m平泳ぎで銅メダル獲得など。
数々の日本記録を更新し、 東京パラリンピック初出場とメダル獲得を目指している。
 
取材・撮影:越智 貴雄  取材・文:高樹 ミナ