世界の頂へ!“最高の指揮官”と歩む東京への道

指揮官が目指すのは
“多様性”のあるチーム

現役時代は陸上選手として1988年ソウル大会で2つの銅メダルを獲得。車いすラグビーの指導者としては2004年アテネ会でアメリカ代表を、2012年ロンドン大会でカナダ代表を指揮し、パラリンピックという世界最高峰の舞台を熟知するケビンHC。キャプテンの池選手によれば、“洞察力”が鋭く、“先見の明”に長けた指揮官だという。

「ケビンHCは、見ているところが僕たちとはまったく違うんです。ちょっとした選手の表情や細かな動きを見逃さない。ほんの数ミリのズレにも気づいたりするんです。試合展開や選手の力を見抜く力に非常に優れた方だと思います」
例えば、こんなことがあった。池選手がケビンHCと一緒にライバル勢同士の試合を観ていた時のこと。じーっと試合を見つめていたケビンHCが、ふとこうつぶやいた。
「そろそろターンオーバーが起こるぞ」
すると、実際にターンオーバーが起き、膠着状態だった試合が動き始めたのだ。池選手は言う。「そういうことが、よくあるんです。ケビンHCの洞察力には毎回のように驚かされます。これが本当のコーチの目なんだろうなと。最高のコーチが日本代表に来てくれたんだなと思っています」

では、ケビンHCが目指すチームとは、いったいどんなものなのか。
「さまざまなプレースタイルを持っている“多様性”のあるチームを目指しています」
選手一人一人の個性を大事にし、プレーのうえでも長所を伸ばすこと。そして、さまざまなプレースタイルの選手を大事にするからこそ、戦略のバリエーションが増やすことができる。それが“多様性”という言葉に込められている。
だからこそ、ケビンHCが指導するにあたって最も大事にしているのは選手たちの“自信”だ。選手たちが自分自身に自信を持ってこそ、能力を伸ばすことができるからだ。こうした考え方のルーツは、家族と高校時代のコーチたちからの指導にあるという。
「父や兄弟たちがいつも私に言ってくれていたのは『自分を信じて、何でも挑戦してみなさい』ということでした。そしてもう一人、私に多大なる影響を与えてくれたのは、高校時代の恩師たち。当時、私は車いすバスケットボールの選手だったのですが、その時に指導してくれたコーチはみんな、『お前はできるんだから、自信を持て!』と言ってくれました。それがモチベーションとなっていたんです」

世界選手権で生まれた
“自信のオーラ”

実際、“自信”が日本代表チームに力をもたらしたのが、世界ランキング1位のオーストラリアを破った世界選手権での決勝だった。池選手はこう語る。
「もちろん戦略がハマったということも大きかったと思います。でも、何よりも自分たちの力を信じて、最後まで集中力を切らさなかったこと。これが優勝の最大の要因だったと僕は思っています」

実は、その決勝でチームに生まれた“自信”の伏線は、準決勝のアメリカ戦にあった。決勝トーナメントの前に行われた予選にあたるグループリーグ最終戦、日本はオーストラリアに52-65と大敗していた。試合後、チームミーティングが行われた。
「気持ちを切り替えて、明日の準決勝に臨もう!」
その場ではチームがまとまったかに思えたが、池選手は何か“ひっかかり”を抱えていた。

「車いすラグビーで13点差なんて、本当にあり得ないくらいのボロ負けなわけです。もちろん、すぐに切り替えなければとは思いましたが、やっぱりなかなかできなかった。それっておそらく自分だけじゃないだろうなと思いました。不安を抱えたままではいけないなと。だから、キャプテンである僕がまずは裸になって、自分が不安であることをみんなに伝えることにしました。そのうえでどうすれば、日本の強さを発揮して勝つことができるのか、そのイメージが持てるように話し合いました」
アメリカとの準決勝の当日、キャプテンの提案で選手ミーティングが行われ、12人全員が一つずつチームの強みを出し合った。そして、12個の強みが揃った時、チームに不安はもうなかった。あったのは「よし、自分たちがやってきたことをやれば、勝てる!」という自信だけだった。
「実際にアメリカに勝つことができて、さらに大きな自信を持つことができました。オーストラリア戦での大敗が、さらにチームを強くしてくれたなと。決勝では、選手全員から自信のオーラが出ていました」

勝ち抜く力の原動力は“チームワーク”

2004年アテネ大会で銅メダル、2012年ロンドン大会で銀メダルと、指揮官としてチームを二度も表彰台に導いた手腕の持ち主であるケビンHC。では、これまであと一歩のところで逃してきた金メダルを手にするためには、何が必要だと考えているのだろうか。
「パラリンピックという舞台での独特のプレッシャーに負けない選手たちがそろったチームこそが、金メダルを獲得することができるのだと思います。今、世界はどのチームも実力が上がってきていて、ハイレベルな戦いが強いられています。2020年でも予選から拮抗した試合が続くでしょう。だからこそ、必要なのはメンタルタフネス。重圧が続く中でも勝ち抜ける強さを持つチームこそが、金メダルを獲得することができるのだと思います」
では、そんな厳しい状況下で、日本はどのようにして世界と戦っていこうとしているのだろうか。ケビンHCが求めているのは“チームワーク”だ。それこそがチームの“メンタルラフネス”を生み出す原動力となるという。

「技術的にも能力的にも、世界のトップチームにはそれほど大きな違いはありません。戦略にしても、どこも似たような形です。そうした拮抗した状態の中、頭一つ抜け出すには、やはりチームワークが強いことが絶対条件になると私は考えています。お互いに信頼関係を持ち、何かネガティブなことが起きても、それをカバーして支えてくれる選手がいるか否かでは大きな違いです」
その点、日本はチームワークに絶対的な自信を持っている。指揮官がそれを感じたのが、やはり昨年の世界選手権だった。グループリーグでオーストラリアに大敗した際、いつチームがネガティブな方向に引き寄せられてもおかしくはなかった。

しかし、選手たちは自分たちで本音を話し合うことで不安を払拭。アメリカ戦を前に、選手からネガティブな言葉や表情が一切なかったことに、指揮官はチームの強さを感じていた。さらにケビンHCが“チームワーク”を感じたのは、ベンチ選手からの声がけだったという。
「決勝のオーストラリア戦では、チーム全員が優勝にフォーカスしていました。でも、だからこそ試合中に熱くなりすぎて少し冷静さに欠けるような選手もいたんです。そんな選手に声をかけていたのが永易雄。『全然大丈夫。絶対大丈夫だから!』とポジティブな声をかけ続けていました。永易は出場時間こそ10分ほどでしたが、彼のような存在は本当に大きかった。試合に出ている出ていない関係なく、チーム全員が勝利に向かって努力する姿勢が、優勝につながったのだと思います」
10月16日~20日、東京体育館では「ワールドチャレンジ」が開催される。世界の強豪8カ国が集結し頂点を決めるとあって、パラリンピックの前哨戦とも言える大事な戦いだ。多様性を追求している“ケビンJAPAN”。今大会では若手をはじめメンバー入りした新戦力の台頭が期待される。“自信”と“チームワーク”を強みに、日本は再び世界の頂点に立つ。

COLUMN
~世界情勢~
世界4強に日本も。一つのミスが命とりになる激戦に

現在(9月13日付)、世界ランキング1位はオーストラリアで、日本は同2位。3位にはアメリカ、4位にはイギリスと続く。ワールドチャレンジには、昨年の世界選手権で8強に入ったカナダ(同4位)、フランス(同5位)、ニュージーランド(同9位)、ブラジル(同10位)をあわせた計8カ国が出場する。
なかでも日本の最大のライバルとされるのが、やはりオーストラリアだ。ケビンHCも「いずれの大会でも、最も重要なのはオーストラリアに勝つこと」と語っているほど警戒している。
スピードとパワーを兼ね備え“世界No.1プレーヤー”とも称されるエースのライリー・バットを擁するオーストラリア。パラリンピックでは、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロと連覇を果たしている。
リオ以降、日本はそのオーストラリアと常に接戦を繰り広げてきた。今年9月にタイで行われたアジア・オセアニアチャンピオンシップスでは予選リーグでは44分間の死闘の末、70-65で勝利。しかし、再戦となった決勝では55-57で敗れ、準優勝に終わっている。
車いすラグビーの“本場”とも言えるアメリカも強敵だ。パラリンピックでは正式競技となった2000年シドニー大会、2008年北京大会と2度金メダルを獲得。2016年リオ大会まで常に表彰台に上がってきた。
近年はオーストラリア、日本、アメリカの3カ国が“三つ巴”の様相を呈してきたが、ここにきて実力を上げてきたのがイギリスだ。今年④月の「フォーネーションズカップ」では優勝しており、ワールドチャレンジでは、イギリスを含めた4カ国の激戦が繰り広げられることが予想される。
たった一つのミスが“命とり”になる車いすラグビー。いずれの試合も、いかにターンオーバーせず、相手のミスを誘うかが勝敗のカギを握る。

PROFILE

ケビン・オアー(Kevin Orr)

1968年6月29日、アメリカ・イリノイ州生まれ。
先天性の病気で幼少時代から車いす生活をしていたが、双子の兄弟と一緒にレスリングやサッカーなどをしてスポーツに親しんでいた。1986年、イリノイ大学に進学後、本格的に陸上競技を始める。1988年ソウルパラリンピックで800m、5000mで銅メダルを獲得した。大学在学中から選手育成に関心が強く、車いすラグビーの指導も行っていた。2004年アテネパラリンピックでは米国を銅メダル、2012年ロンドンパラリンピックではカナダを銀メダルに導いた。2017年に日本代表ヘッドコーチに就任。昨年の世界選手権では日本を初優勝に導いた。

池 透暢(いけ ゆきのぶ)

1980年7月21日、高知県生まれ。
19歳の時に交通事故で左足を切断。左手は感覚を失い、右足は曲げることができなくなる。退院後、車いすバスケットボールを始め、2011年には日本代表候補の合宿に招集される。翌2012年ロンドンパラリンピックの試合をテレビで観たのをきっかけに、ウィルチェアラグビーへの転向を決意。2013年1月から日本代表の合宿に呼ばれて以降、主力として活躍。2014年からはキャプテンとしてチームを牽引。16年リオデジャネイロパラリンピックでの銅メダル獲得、2018年世界選手権での初優勝にいずれも大きく貢献した。2018-2019シーズンには、アメリカリーグでプレーした。

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