2020年9月5~6日、埼玉県・熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で「第31回日本パラ陸上競技選手権大会」がおこなわれた。新型コロナウイルスの影響で延期となっていた大会が約半年ぶりに実施された。パラスポーツ全体としても初めての公式戦の再開、今後へ向けた第一歩となった。来年を見据えて大会出場という一歩目を踏み出した選手たちのインタビューをもとに、大会を振り返る。

  1. Topic 01 選手たちがそろって口にした 大会開催への“感謝”

    • 新調したスプリント用の義足で女子100m(T64)に挑み13秒76で優勝した高桑早生選手は競技を終えてすぐ「まずは大会開催に感謝しています」と感謝の意を表した。彼女に限らず、競技を終えた選手たちがそれぞれ口をそろえたのが大会開催への感謝の言葉だった。

      また、走幅跳(T63)を6m49の跳躍で優勝した山本篤選手は「正直、東京2020パラリンピックが延期となったことはまったくネガティブになることは無かったけれど、試合が無い状況はしんどかった」と、心境を語ってくれた。

    • アスリート委員会で副委員長を務める走高跳(T64)の鈴木徹選手は練習場所が確保できず、3か月半ほどトレーニングから遠ざかったが、それでも気持ちは前に向いていた。選手たちの「大会を開催してほしい」という声を競技団体に伝えた。助走や踏切を調整中という今大会での記録は自己記録である2m02には及ばず1m90だったが、「(東京大会が)今年開催されていたら、2m01までしか飛べなかったと思いますが、来年には2m05まではいけるだろうと思っています。より高く飛べるチャンスをもらった。だから、今は助走を短くして、“2m05を飛ぶための踏切り”に集中しています」と語った。

      アスリートたちにとって、大会という場がモチベーションになっていたことを改めて感じられる大会となった。

  2. Topic 02 それぞれが改めて競技と向き合う期間を経て

    • 男子200mと100m(T64)に出場し200mでは見事優勝した井谷俊介選手、しかし自身がアジア記録11秒47を持つ100mでは12秒01と記録が振るわず2位。自粛期間中は、東京から地元・奈良県に戻るも家族を気遣いホテルに宿泊、60日間ホテルと砂浜を往復し、ひたすらに砂浜トレーニングに打ち込んだ。足が埋まるためピッチが速くなり、義足を引き付ける感覚が上がったという。それでも普段と違う状況に、「やってる“つもり”なのかなという感じがしている。メンタル面がアスリートとして足りないなと感じています。もっと熱量を上げる必要を感じました」と語り、改めて競技と、それに向き合う自分自身を見つめなおす時間になったという。

      2018年平昌パラリンピックにアルペンスキーで出場し5種目全てで表彰台に上がった冬の女王、村岡桃佳選手は昨年から陸上競技にも挑戦。女子100m(T54)に出場し、16秒47で優勝した。自粛期間は師事する松永氏がいる岡山県で過ごした。「岡山の環境は良かったです。1番は走り込みに重点を置いていましたが、最近ポイント練習に切り替えました。ウエイトトレーニングにも長い期間取り組めましたし、トレーニングに集中できて、陸上にしっかり向き合えました」
      その反面、東京2020パラリンピックが延期になったことで、冬季競技との折り合いの付け方が難しいとも語る。「延期になったことで冬季競技を諦めるのも、陸上競技を諦めるのもいやです。東京にも、北京にも間に合わせなきゃいけないと思っています」と、決意をのぞかせた。

    • 昨年の世界選手権で4位に入り、東京2020パラリンピック内定を掴んでいる佐々木真菜選手は女子400m(T13)に出場し、58秒97で優勝。自粛期間中は福島大学のグラウンドが使えず、自社施設や研修所の野球部のグラウンドを使っていたという。「自分ができることをコツコツやっていました。手と足のリズムを合わせる、短い距離でも足を開く練習をする、腕に重りをしてまっすぐ振るという練習を重ねました」。
      最後に「57秒前半を出さないと世界では戦えないので」と語った彼女の目線は、世界を見据えたままだ。

      大会が開催中止となる中で、止まってしまったかのように思えたパラスポーツ界だったが、選手たちはそれぞれの歩みを止めず、練習を進めていた。それぞれが普段と異なる環境、普段と異なるトレーニングを経て、改めて自分自身と向き合って競技に臨み、その結果として多くの競技でアジア記録や大会記録が更新された大会となった。

  3. Topic 03 “今”という地点から先を見据えて、 リスタートへの“第一歩”

    • パラスポーツ全体としても新型コロナウイルス感染拡大後、初めての公式戦の開催となった今大会。それだけにコロナ対策にも注目が集まった。

      日本パラ陸上競技連盟の三井利仁理事長は「大会は選手がこれまでやってきたことを発表してくれる場」だとして、今まで練習を重ねてきた選手たちが参加できるように、種目を減らしたり、参加基準を上げるようなことはせず、その他の点でコロナ対策を講じたという。“選手たちを守る”ことを第一に、陸連のガイドラインよりもさらに長い2週間の検温表の提出や、フェイスシールドの配布、報道も1社につき2名までで、ボランティアの人数も3割減、さらに無観客で大会はおこなわれた。その代わり、9月5日の大会の様子はネット配信がおこなわれた。

      無観客大会となったことに対して、女子100m(T47)に出場し12秒85で日本記録と大会記録をマークした重本沙絵選手は「リオオリンピックを経てようやく人が増えてきたところだったので、寂しい気持ちです。コロナウイルス対策は、大会としてもそうだけど選手個人としてもマスクの着用や除菌をおこなっています。東京2020パラリンピックを私がコントロールすることは不可能で、考えてもしょうがないこと。それよりも自分がコントロールできることに注力していきたいと思っています」と語った。

    • また、例年より暑い時期での開催に伴い、熱中症対策にも力が入っていた。医師を含む医療チームやクーリングチームをたて、クーリングコーナーが用意された。男子5000m(T54 )に出場し10分35秒82で優勝した樋口政幸選手は競技を終えた後、水を張ったエアバスで体をクールダウンし、笑顔を見せてくれた。また、コロナ下で熱中症で倒れた方をどう担架に乗せるのかなど、様々な場合を想定して準備してきたという。

      競技進行においては来年の本大会で対応する審判員の研修を兼ねていたり、トヨタ自動車のプロジェクトチームがやり投げなどの投てき種目の選手が投げたやりなどを運搬するラジコンカーのトライアルをフィールド内で実施するなど、対策だけではなく来年に向けたテストイベントも実施されていた。

      2020年のパラリンピック開催が延期とされた今、選手も、サポーターも、その先を見据えて、改めてスタートの“第一歩”を踏み出していることを実感させる大会であった。

大会名 : WPA 公認大会 第 31 回日本パラ陸上競技選手権大会
会期 : 2020年9月5日(土)~6日(日)
会場 : 熊谷スポーツ文化公園陸上競技場
主催 : 一般社団法人日本パラ陸上連盟
URL : https://jaafd.org/events/01-1/20200827-001-155

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