ON OFF

車いすバスケットボール 藤井 郁美

エースとしての覚悟

ON

エースとしての覚悟

2020年東京パラリンピックで
金メダル獲得を目指している車いすバスケットボール日本女子チーム。
キャプテンとしてチームを牽引しているのが、藤井郁美だ。

今年10月、藤井たちにとって大事な戦いがある。
来年8月、ドイツ・ハンブルクで行なわれる
世界選手権の予選である「2017IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップス」(AOZ)だ。
切符は2枚。
最大のライバルは、昨年のリオデジャネイロパラリンピックに出場した中国、
そして高さで勝るオーストラリアで、「三つ巴」の戦いが予想されている。

ロンドン、リオと2大会連続でパラリンピック出場を逃した日本女子にとって、
来年の世界選手権への出場が、いかに重要であるか……
パラリンピックという世界最高峰の舞台を経験している藤井にはよくわかっている。
若い選手が多い中、世界を知らないまま勝てるほど甘くはない。
来年の世界選手権は「世界」を肌で知る最後のチャンス。
それを逃せば、東京での金メダルは遠のくことを意味する。

だからこそ、藤井には今、心に決めていることがある。「覚悟」だ。

彼女には忘れることのできない苦い思い出がある。
2008年北京パラリンピックだ。
若手エースとして抜擢され、4位という好成績を挙げた立役者のひとり、という周囲からの評価とは裏腹に、
藤井自身は自分がチームのために何かができたとは全く思えなかった。

「『エース』というのは、単に得点を取るというのではなく、チームから頼られる存在だと思うんです。でも、北京での私はそうではありませんでした。チームからここぞという時にパスが回ってくるような信頼も得られていなかったし、自分自身もそこで絶対にシュートを決められるという自信もなかった。結局は、自分に覚悟がなかったのだと思います」

だが、今は違う。
世界の舞台で勝つために、
キャプテンであり、得点を取ることが第一の仕事であるハイポインターである自分が、エースとしてチームを牽引する。
藤井には、その「覚悟」がある。

AOZでの目標は、1試合で20得点以上を挙げること。
特に、ここぞという勝負どころでの大事な1本は絶対に決めきる。

もちろん、ポイントゲッターである自分へのマークが厳しくなることは、百も承知だ。
得意のミドルシュートを楽に打たせてもらえるシーンは少ないことは想像に難くない。
それでも、藤井は果敢にゴールに向かっていくつもりだ。

「相手に厳しくプレッシャーをかけられ、体勢を崩されたタフショットでも、ねじこんでみせる。それが私の仕事です」
そんな強い思いを持って、藤井は今、トレーニングに励んでいる。

OFF

エースとしての覚悟

チームから全幅の信頼を寄せられる「精神的支柱」であること。
それが、藤井郁美が描く「エース像」だ。
そしてその「信頼」は、日々の積み重ねによるものだと考えている。
だからこそ今、大事にしているのはメンバーとの「コミュニケーション」だ。

藤井はもともと「できれば目立ちたくない」という性格だ。
負けず嫌いで、行動力はあるが、人前に立ってやるのは、どちらかというと苦手なタイプ。
だから一番好きな練習は、自主練習。
しーんと静まり返った空間の中、ひとりも黙々と汗を流す時間が心地いいのだという。

これまでチーム練習の時も、どちらかというと「黙々と」やってきた。
「自分がやるべきことをやる」。
それが何よりも先決だった。

「実は、代表になりたての頃、コーチからガツンと言われたことがあるんです。『何、オマエ、ひとりでかっこつけてるんだよ!黙ってやってたって、誰も何もわかんないだろ!』って」

それ以降、藤井は声を出すようになった。
しかしそれは、プレーにおけるコートの中でのこと。
コートの外では、依然として「人任せ」にしてきたような気がしている。

「やっぱり、覚悟がなかったからだと思います。『自分についてきてほしい』と言うくらいのエースとしての覚悟が……」

しかし、自分がチームを引っ張っていく存在になると決めた今は、
コート内外で積極的にメンバー全員と話す。

「連携プレーの多い車いすバスケでは、コミュニケーションひとつでピンチを回避できることがあるんです」

藤井は、もう「人任せ」にするつもりはない。
合宿や海外遠征では、休憩中、すれ違いざまに声をかけたり、談笑している藤井の姿がある。
他愛のない話でもいい。
言葉を掛け合うことで、心と心を通じ合わせ、藤井は信頼関係を築いている。

日本女子チームはパラリンピックを経験していない選手が多い。
だからこそ、藤井のようなパラリンピックを知る選手の声がけが、チームの士気を高める。

自らが先頭に立ってチームを「闘う集団」へと押し上げていく。
藤井は今、真のエースにになるための階段を一歩ずつ上がっている。

TOP