「大会運営」と「広報対応」のサポートという2つの側面からパラスポーツを支える「一般社団法人パラスポーツ推進ネットワーク(通称:パラネット)」。そのパラネットの設立から携わり、設立後は事業領域や事業計画の策定から各競技団体への資金調達支援など幅広い役割を担っている早乙女さん。パラスポーツに関わるようになったきっかけや、パラネットのお話を伺った。
東日本大震災を機に“つながった”パラスポーツとの縁
もともと学生時代はタイでダイビングインストラクターを務めていて、企業に所属してからも趣味として続けていました。2011年に東日本大震災が起こった際、その経験を生かして、「なにか支援ができないか」と思い、岩手でボランティアダイバーを集め、海中作業のNPOを設立しました。個人としてだけでなく、企業としても、日々東北の各自治体を巡り、復興支援のイベントや広報を行ってきました。
そんななか、お仕事で2014年にサントリーさんの東北サンさんプロジェクトの「チャレンジド・スポーツ」というパラスポーツ支援に携わったのがきっかけで、車いすバスケットボールやブラインドサッカーの試合を初めて観戦し、選手の気持ちの在り様や、人としてのまぶしさに引き込まれていきました。そして、この魅力を知ってもらいたい、と考えるようになりました。しかし、パラスポーツの競技団体には人材やノウハウ、資金的なサポートが足りていないように感じました。例えば企業がパラスポーツを応援したいと思っても、競技団体側が資金を何に使っていいのか、どんな支援が必要なのか、支援企業に対してどんな貢献ができるのかといった用意ができていないのが現状のように感じたんです。各競技団体さんの成り立ちや経緯を考慮すると多くのご苦労をされていて、多角的な視点を持って、陰ながら支えられる基盤を築くことが長期的にこの業界の支えになり、そしてパラスポーツの魅力を広げていくことにつながるのでは、と考えるようになりました。東京2020パラリンピックの開催が決まり、パラスポーツへの社会的な関心が高まっています。この盛り上がりを一時的なものではなく、文化として根付かせたいと、出向元だった電通が正会員となり2018年11月にプロジェクトではなく一般社団法人としてパラネットを設立しました。開催まで時間が限られていることもあり、まずは自分たちだけでやれることから、という気持ちでやっています。
自分の役割はときほぐして“つなぎなおす”こと
まず、パラネットの活動は「大会運営サポート」と「広報対応サポート」の大きく2つがあります。
「大会運営サポート」に関しては、観客も少なく、競技会という意味合いの強かった大会を、お客さんに「また来たい」と思ってもらえるような楽しみ方や演出を提供したり、報道関係者が取材しやすい環境を作ってメディアを通じた、競技の認知・理解の向上、興味喚起やファン獲得を目指しています。
「広報対応サポート」に関しては、記者会見の開催サポートや、競技団体向けの勉強会、報道関係者向けの勉強会を開催しています。また報道関係者が取材、報道する際に必要となる、各競技の選手情報、大会日程、試合結果・記録等をまとめた、情報プラットフォーム「パラスポーツデータベース」を整備しました。各競技団体に依頼して各種データを取り寄せたのですが、「個人が有志で活動している頃にデータが消えてしまった」、「紙媒体で管理していた」など、想定外なことがたくさんあり、データベースの整備は本当に大変でした。そのかいあって、データの管理やリリース配信の重要性が浸透してきて、各競技団体さんともかなり連絡が取りやすい関係になっています。
今自分たちがしているのは、内側に入ってこんがらがっている部分をときほぐしてもう一度つなぐような、そんな活動なんだなと思っています。
パラスポーツと人々を魅力で“つなぐ”立場だからこそ、視野を広く、ニュートラルでいたい
事務局みんなで考えたパラネットのステートメント「パラスポーツが盛んな国は、しなやかで強い。」にも込めたのですが、「強い」だけではない、「しなやかさ」と「強さ」というのを、アスリートの姿を見ていて感じます。すべての人がその個性を尊重され、挑戦することができるパラスポーツには、社会を進化させていく大事な要素が多く含まれていると思います。その可能性に気づき、実践する仲間を増やしたいという気持ちも込もっています。
また、個人として、知人から「奄美渡島で車いす利用者向けのマリンレジャー施設設立にあたり、運営やマーケティングを手伝って欲しい」というお話を受けて、立ち上げ準備をしたことがあります。体験者さんは「まさか海に入れるとは思ってもいなかった」と喜んでくれました。もちろん水中に入るまでは困難なこともありますが、入ってしまえば車いすの方もそうでない方も同じなんですよね。障がいはグラデーションのようなものと思っているんですが、パラスポーツは一気に垣根を取り除いてくれるところも魅力だと思っています。
僕はこう思っていますが、他の方からパラスポーツの魅力を聞いて、改めて実感することも多くあります。パラ競技の大会ビジュアルでもお世話になっている武人画師・こうじょう雅之先生はパラスポーツアスリートの「覚悟」が魅力で、そこに惚れ込んで、ライフワークとしてパラスポーツを描いていきたいとおっしゃっていました。また、僕の子どもは、僕の仕事の影響で小さい頃から車いすバスケに慣れ親しみ、一般のバスケを観た際に「立ってバスケしているよ!」と驚いていて、「彼らからするとそれは変化ではなく、当たり前なのだ」と、はっとさせられました。
パラスポーツの魅力を伝えたいと思っているからこそ、視野を広く持って、ニュートラルな立場で多様なパラスポーツの魅力を感じていなくては、と気を引き締めています。
競技団体さんとの“つながり”があってこそ広がっていける
東京2020パラリンピック開催が決定して、パラスポーツに関わる人がこれほど多くなったことって初めてのことだと思うんです。だからこそ、このパワーの行き場を無くしちゃいけない、パラバブルにしてはいけないなと思います。スポンサーが増えるということだけではなく、パラスポーツの競技性、選手の魅力、テクノロジーの進化、ダイバーシティ社会への寄与、支援してくださる企業や地域に何を還元できるか、突き詰めていく作業が必要だと感じています。「いかに社会の中に浸透させられるか」。パラネットが試されていくのはむしろこれからだ、と自分を鼓舞しています。
例えば日本ブラインドサッカー協会さんは学生インターンを受け入れていて、その学生さんは企業に属するようになってもパラスポーツを絡めた発想を持ち続けています。未来に対する種をまいて、それが育ち始めているなと思います。東京2020パラリンピックのその先を見据えて行動していく、というのがパラネットの方針ですが、そうした“種まき”にも力を入れていきたいですね。自分の事業でいかにパラスポーツへ寄与するかをビジネスの観点で考える方や、アートやテクノロジーの観点から関わる方など、異なるポジションの人がパラスポーツの魅力や役割を発信することがパラスポーツ業界を変えて、層を厚くすると思っています。
また、大会が延期になり、少し周りを見渡す余裕ができました。各競技団体の方や、大学教授を交えてパラスポーツの“これから”を考えています。一足先に次を見据え、“何を残すのか”考える機会になっています。今まで進みにくかった動画配信なども、無観客試合を想定する状況になり、競技団体さん側からご相談をもらうようにもなりました。「大会運営」と「広報対応」のサポートという枠を超えて事業領域を広げつつありますが、こうした各競技団体さんからの要望に応える形で、事業領域も、パラスポーツの魅力も広めていけたらと思っています。
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早乙女 祐基 氏 (さおとめ ゆうき)
一般社団法人パラスポーツ推進ネットワーク 総務企画部長
東京工業大学大学院修了
2006年株式会社電通入社
国交省、環境省、経産省等、官公庁の広報、イベント、キャンペーンを担当
東日本大震災を機に岩手、宮城、福島の復興支援事業を担当
(個人として2011年特別非営利活動法人三陸ボランティアダイバーズ設立)
東京2020招致決定後は主にパラリンピック、パラスポーツ関連事業に従事
2018年一般社団法人パラスポーツ推進ネットワーク出向 -
所属先:一般社団法人パラスポーツ推進ネットワーク
住所:東京都千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビルディング5階
事業内容:パラスポーツ競技団体サポート
URL:https://paranet.or.jp/