【#AFTER TOKYO2020】辻 沙絵 選手(陸上)GAME REPORT編

【#AFTER TOKYO2020】辻 沙絵 選手(陸上)GAME REPORT編

日本のパラ陸上界において、女子短距離界の第一人者であり、2016年リオデジャネイロパラリンピック銅メダリストの辻沙絵選手。専門とする400mは最も過酷な種目の一つであると言われている。2度目のパラリンピックとなった辻選手にとって東京2020パラリンピックはどんな大会だったのか、無観客の新国立競技場で行われたレースの中で何が起こっていたのか。あれから約1年、【#AFTER TOKYO2020】辻沙絵選手のGAME REPORT編です。

  1. Topic 01 予選での反省点を生かした決勝レース

    • 大会3日目、辻選手にとって2度目となるパラリンピックでの戦いが幕を開けた。

      女子400m(T47:切断・運動機能)予選、全体6着に入り、辻選手は決勝進出を決めた。しかし同年春に更新した自己ベスト58秒45に遠く及ばない走りに、まったく納得することができなかった。

      「アウトレーンでしたし、前半から攻めて行かなければという気持ちが強すぎて、後半にはもう力がほとんど残っていませんでした。ただ前半から行かなければ世界に勝てないことは、2019年の世界選手権で痛いほどわかっていました。だからスピードは落とさずに、力感を少し抑えるということを意識しながら、前半の200mを走り、最後も前に食らいつく走りをしようと。予選の後、すぐに水野洋子監督と話をして、決勝に向けての修正点を話し合いました」

    • 翌日、決勝のレースが行われた。勢いよく飛び出した辻選手だったが意識した前半の攻めが、どちらかというと焦りを感じさせるようなピッチ走法だった予選とは異なり、ストライドの大きな走りだった。上半身に余計な力感はなく、腕の振りもしなやかだった。

      予選と同じように最後の100mで内側のレーンの選手たちに並ばれた後も、疲労が蓄積して脚が後ろに流れていたように見えた予選とは違った。最後までしっかりと前へ前へと脚が地面をとらえていた。

      結果は、58秒98で5位。自己ベスト更新も、リオに続いて2大会連続でのメダル獲得も達成することはできなかった。細かい部分を見れば、課題も多く残った。それでもわずか1日で修正し、予選から1秒縮めた決勝のレースは、辻選手に走る楽しさを十分に感じさせてくれるものだった。

  2. Topic 02 知られざるスパイクエピソード

    • 実は戦略以外にも、もう一つ予選と決勝で変えたことがあった。スパイクだ。

      大会前、辻選手は2種類のスパイクを用意していた。一つは、これまで使用してきた通常のスパイク。もう一つは“厚底シューズ”の短距離トラックタイプのもので、大きな特徴として前足部の底にエアクッションが入っている。脚のダメージを吸収し、反発力を生み出すとされているものだ。

      辻選手が新しいスパイクを試し始めたのは、東京2020パラリンピックの直前。そのため、まだその特徴を自分の走りに完全には落とし込めてはいなかった。

      「新しい方のスパイクは確かに反発力があって進む感じはするのですが、逆に接地の時にポンッと大きく跳ね上がるので、使いこなせていなかった私の場合はスタートした時にすぐに体が起きてしまっていたんです。一方、これまでのスパイクはやはり使い慣れている分、自分でコントロールしやすいというメリットがありました。それで、本番はどちらを使おうか、ずっと悩んでいました」

      練習では、どちらのスパイクでもタイムに差が出なかったため、最終的に使い慣れた方のスパイクで走ることにした。しかし、予選を走ってみると、予想以上にふくらはぎへの負担が大きく、脚に疲労が感じられた。そこで、決勝では思い切って新しい方のスパイクを履くことを決心した。そして、その勇断は結果的にプラスへと転じた。

      エアクッションから生み出された反発力が、大きなストライドの走りにピタリとはまった。そして地面からの負担を軽減させてくれたこともまた、辻選手が最後のホームストレートを粘り強く走る要因にもなっていたと考えられた。

      「決勝で理想に近い走りができた要因の一つにはなったように思います。実際、ゴールした時の疲労感は予選と決勝とでは結構違っていたんです」

  3. Topic 03 競技人生のターニングポイントとなった2020年

    • 東京2020パラリンピックでのレースを終えて、辻選手が思いを馳せていたのは、結果ではなく、それまでの道のりだったという。実は、陸上への熱量を失いかけたことがあった。

      2019年の世界選手権(UAE・ドバイ)では、4位以内の選手に東京パラリンピックの内定が与えられることになっていたが、結果は7位。過去に一度も経験したことがなかった大きな敗戦に、辻選手はショックのあまり、陸上から気持ちが離れていった。

      「自分の弱さが一番出たレースでした。前半から勝負に行かなければいけないと、ずっとそこを課題にして練習してきたはずなのに、本番で恐怖心が出て、勇気が出なかった。前半から行けば、その分、後半は苦しいですからね。それに打ち勝たなければ世界には勝てないことがわかっていながら恐怖心と戦えなかった自分が悔しいというか情けなくて……だんだんもう陸上をやめようかなという気持ちが芽生えていきました」

    • 大会後、辻選手は水野監督と何度も話し合いを重ねた。時には深夜に及ぶこともあった。そうしていくうちに、こう思うようになっていった。

      「やっぱりあんな悔しい思いはもうしたくないし、このままで終わりたくない」

      さらに大きな転機となったのは、翌2020年のことだった。新型コロナウイルスの感染が拡大し、一時は練習さえもすることができず、辻選手は自宅でほとんどの時間を過ごすことになった。自然と考える時間が増えていくなかで、辻選手は自分自身と向き合い続けた。

      「コロナ禍になって、陸上ができることは当たり前のことなんかじゃなくて、自分はすごく幸せな環境にいたんだということに気付かされました。と同時に、本当に多くの方々に支えられてきたことも改めて感じたんです。それで、陸上に対して真剣に取り組みたいと思うようになりました」

      こうした時期を乗り越えた末にとたどり着いた東京2020パラリンピック。自分と向き合い走り切ることができたレース、世界選手権で感じた恐怖心はもうなかった。辻選手は今、「東京2020パラリンピックは、自分にとって良かった」と胸を張って言う。

大会概要

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『東京2020パラリンピック競技大会』
 Tokyo 2020 Paralympic Games

開催期間:2021年8月24日(火)~9月5日(日)
競技数 :22競技
開催地:日本・東京
運営主体:国際パラリンピック委員会(IPC)
     東京2020オリンピック・パラリンピック組織委員会
競技数:22競技

陸上競技は8月25日から競技がスタート、最終日の9月5日まで熱戦が続いた。
会場は東京・新国立競技場とマラソンが東京の街なかで実施。

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