THE TEAM vol.4

車いすラグビー

東京2020パラリンピックの
銅メダルは「誇り」
#AFTER TOKYO2020

東京2020パラリンピックで、2016年リオデジャネイロに続いて2大会連続で銅メダルを獲得した車いすラグビー日本代表。目標としていた金メダルには惜しくも届かなかったが、チームを率いたケビン・オアーヘッドコーチ(HC)は「日本にとって総じて良い大会になった」と振り返る。かつてアメリカ代表、カナダ代表のHCを歴任し、指導者としては4回のパラリンピックを経験したケビンHC。なかでも東京パラリンピックは「出場8カ国が拮抗し、最も競争力が高い大会だった」と語る。果たして、東京パラリンピックで日本代表がつかんだものとは何だったのか。5日間の激闘を1年が経った今、振り返る。



初戦の重圧に苦戦するも
逆転で白星発進



「地元開催で史上初の金メダル獲得」を目指した車いすラグビー日本代表。開会式の翌25日から予選プールがスタートした。日本は、オーストラリア、フランス、デンマークと同じプールAに入っていた。

初陣の相手は、フランス。2018年世界選手権で初優勝し、世界ランキング3位の日本にとって同6位のフランスは、傍から見れば「勝って当然の相手」だと考えられていたことだろう。しかし、世界最高峰の大会にそう簡単に勝てる相手など一つもない。ましてや百戦錬磨の強豪と言われるチームでも難しいとされる初戦。加えて地元開催という緊張感も、日本代表チームにはあったことは容易に想像することができる。

ケビンHCも「今大会、最も難しいゲームだった」と語るフランス戦は、第1ピリオドの開始早々に暗雲が立ち込めた。フランスが先制した直後、日本のパスをカットされ、相手ボールに。このチャンスにフランスはしっかりとトライを決めて、いきなり2点をリードされてしまったのだ。

それでも中盤に相手のミスによって、日本が連続得点を奪って同点に追いついた。これで、日本が最後にトライを決めて同点とすれば、試合を振り出しに戻した状態で第2ピリオドに入ることができた。ところが、13-14で迎えた終了間際にターンオーバーを許し、フランスにラストトライを決められて2点ビハインドとなってしまったのだ。さらに第2ピリオドの終了間際にも日本にミスが出て、同点のチャンスを自ら逃し、25-27とリードを許したまま試合を折り返した。

ようやく日本らしいプレーが出たのは、第3ピリオド。中盤、日本の厳しいプレッシャーにフランスがパスをミスして日本ボールに。これで連続得点を奪った日本は、しっかりとラストトライも決めて、41-41と同点で最終ピリオドへ。開始早々に再びターンオーバーでリードを広げられるも、中盤に今度はフランスのターンオーバーで連続得点。さらにフランスはスローインの際に10秒バイオレーションを取られてしまう。このチャンスに日本が逆転のトライ。これが試合を決定づけ、日本は53-51で競り勝った。

ケビンHCは、こう振り返る。
「実力的に拮抗した中、勝敗を分けるのはチームとしての力を発揮できるかどうかでした。そして、それだけの精神的な強さがあるかどうか。その点、私たち日本は平常心ではいられなかった部分がありました。ホームゲームでのプレッシャーが、大きく影響した初戦となりました」

最高だった豪州戦、
翌日に待ち受けていたまさかの大敗

苦しい初戦を逆転で勝ちとったことが、チームに自信を取り戻し、勢いをもたらしたのだろう。日本は予選プール第2戦のデンマーク戦(世界ランキング7位)には第1ピリオドから16-13と大きくリードすると、その後も付け入る隙を与えず、60-51で大勝した。

そして迎えた予選プール最終戦。相手は世界ランキング1位のオーストラリア。2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロと2大会連続でパラリンピック覇者となり、3連覇を狙っていた強豪だ。しかし、日本は決して怯むことはなかった。この3年前には、世界選手権の決勝という大舞台で、地元開催のオーストラリアを1点差で破るという金星も挙げている実績が、日本には良いイメージをもたらしていたに違いない。

第1ピリオドからどちらも一歩も譲らない手に汗握る接戦が続いた中、「最初から最後まで、オフェンス、ディフェンスともに攻め続けた」とケビンHC。全4ピリオドで1点ずつのリードが積み重ねられ、57-53で勝利した。特に第2ピリオドの終了間際、相手のミスを誘い、ラストトライを防いだディフェンスは日本のチーム力が表れていた。

ケビンHCも、厳しい試合を凌ぎ切った選手たちをこう称えた。

「一人のエースに頼りがちなチームが多い中、オーストラリア戦の日本は特定の選手に頼ることなく、メンバー全員がよくまとまってプレーしていた。最高のチームラグビーをしたと思います」

その言葉の通り、勝因はオーストラリアに対する戦略にもあった。

「エースのライリー・バットにだけ集中しすぎないようにしたことが功を奏しました。チームによっては、ライリーに対して2人、3人とプレッシャーをかけにいく戦略を取ることもあります。ただ、それでは他の3人にやられてしまう。だから日本はそうはせず、ライリーには1人、多くても2人。あくまでもオーストラリアというチームに対してのディフェンスをしたんです。それが、非常に重要でした」

第2ピリオド、終了間際でのターンオーバーはまさにそれが如実に表れていた。今井友明選手をペナルティボックスに置き、1人少ない状態だったにもかかわらず、バットのパスミスを誘うディフェンスでオーストラリアのラストトライを防いだのだ。




予選プールを3戦全勝して1位通過したプールAの日本は、上位4チームが進出できる決勝トーナメントへ。準決勝の相手は、プールBで2位となったイギリス。キャプテンの池透暢選手が「負けた記憶がない」と語るほど、近年、日本にとっては相性がいい相手とされていた。

しかし、だからこそ池選手は何かを感じ取っていたのだろう。オーストラリア戦に勝利した後、イギリス戦に向けての質問が飛び交うと、キャプテンはこう語った。

「すごく不気味な感じがするんです……」

この言葉が、現実のものとなった。

第2ピリオドを終えて2点ビハインドを負ったものの、この時点ではまだ勝機はあった。しかし、第3ピリオドの中盤、池、池崎大輔のプレーが立て続けにペナルティと判定され、イギリスに2点が献上されたのだ。これで流れが一気にイギリスへと傾く。日本はミスが続き、イギリスに次々とトライを許した。ラストトライは日本が奪ったものの、33-42とその差は大きく開いた。

野球のホームランやバスケットボールの3Pシュートなど、一気に大量得点を狙う策がなく、1点1点を確実に積み重ねていくことが重要な車いすラグビーにおいて、一つのミスによる失点は非常に大きい。例えば、1点差の場合、得点すれば同点となるが、ミスをして失点すれば、2点差となるという具合だ。このことからも最終ピリオド(8分)を残しての9点差は、あまりにも大きすぎた。

それでも第4ピリオドの終盤、イギリスのターンオーバーから連続得点を奪うなど、日本は最後まで戦う姿勢を崩さなかった。結局、この試合は49-55で敗れ、金メダルという夢は潰えたが、残されたミッションとなった「2大会連続での表彰台」がかかった3位決定戦につながるような試合の締め方だった。

新戦力と成熟度で目指すパリでの金メダル


競技最終日の8月29日、3位決定戦で再びオーストラリアと激突した日本は、前日の大敗からすでに気持ちが切り替えられていた。第1ピリオドから日本が目指してきた「アグレッシブかつスマートなラグビー」を見せ、17-14とリードを奪った。その後もオーストラリアに全く付け入る隙を与えず、60-52で快勝。有終の美を飾り、2016年リオデジャネイロに続く銅メダルを獲得した。

この結果について、ケビンHCはこう語る。

「自国開催の東京パラリンピックで必ずメダルを取るという強い気持ちで臨んだ試合。たとえそれが金メダルではなくても、私たちは勝つんだとという覚悟とプライドが選手にはありました。それが一番の勝因だったと思います」

最大の目標としてきた金メダルには惜しくも届かなかったが、それでも銅メダルという結果を指揮官は「誇り」だと自信を持って言う。

「パラリンピックという舞台はいつも厳しい試合が続きますが、私が関わった過去のどのパラリンピックよりも今大会は力が拮抗していました。しかもコロナ禍の中、1年半もの間、トレーニングに制限を設けなければいけず、対外試合もありませんでした。それでも日本の選手たちは非常に良いパフォーマンスを見せてくれた。そして苦しみながらも、最後までみんなで力をあわせて進むことができました。その結果、メダルを獲得することができた。それは誇り以外のなにものでもありません」

東京2020パラリンピック後、ケビンHCの続投が発表され、すでに現在は2024年パリパラリンピックに向けてチームが始動している。新戦力の発掘や、トレーニングプログラムを発展させるなど、さまざまな取り組みが行われている。

「2018年世界選手権で優勝しましたが、それだけでパラリンピックで金メダルを取ることはできませんでした。何を改善しなければいけないのか、何が不足しているのかを模索しながら、東京パラリンピックを今後の成功への良いターニングポイントにしたいと考えています」

なかでも大きな期待を寄せているのが、チーム最年少19歳でパラリンピックを経験した橋本勝也だ。高校時代は学業との両立が難しく、国際大会出場のチャンスをいくつも逃してきた。しかし、2021年3月に高校を卒業して社会人に。これまでよりも競技に時間を費やすことができている。今年8月で20歳と若いだけに、日々のトレーニングの時間や質を上げるとともに、国際試合の経験を積むことで、急成長を遂げる可能性がある。

今年10月は、パリパラリンピックの出場権がかかる世界選手権がデンマークで開催される。ディフェンディングチャンピオンとして出場する日本は大会連覇を目指す。「新しい選手の力を発掘しつつ、全員がリーダーシップを取れるような成熟したチームを目指したい」とケビンHC。2年後、パリの地で東京の雪辱を果たすつもりだ。

COLUMN

TOURNAMENT INFORMATION

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『東京2020パラリンピック競技大会』
 Tokyo 2020 Paralympic Games

開催期間:2021年8月24日(火)~9月5日(日)
競技数 :22競技
開催地:日本・東京
運営主体:国際パラリンピック委員会(IPC)
     東京2020オリンピック・パラリンピック組織委員会
競技数:22競技

陸上競技は8月25日から競技がスタート、最終日の9月5日まで熱戦が続いた。
会場は東京・新国立競技場とマラソンが東京の街なかで実施。

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