ATHLETES' CORE

ピンク色のシューター。もう一度、夢の大舞台へ

水田 光夏
ATHLETES' CORE

水田 光夏射撃

 本格的に競技を始めて3年余りで東京2020パラリンピックに出場。“パラ射撃界期待の新星”として脚光を浴びた。しかし、結果は32位。競技中にアクシデントもあったが、水田光夏選手はそれを言い訳にせず「大きな収穫だった」と前向きに受け止め、次のパリ2024パラリンピックに照準を切り替えた。トレードマークは会場でひときわ目立つピンク色づくめの出立ち。進行性の難病を抱えながら、東京2020大会のときよりも高い意識で自身2度目のパラリンピック出場を狙う水田選手の成長を追った。

2022シーズンW杯2大会で連続入賞

2022シーズンW杯2大会で連続入賞
2022シーズンW杯2大会で連続入賞
2022シーズンW杯2大会で連続入賞

2022年6月、フランスから吉報が届いた。

パラ射撃ワールドカップ・シャトールー大会で、混合エアライフル伏射SHクラスの水田光夏選手が自身初の国際大会ファイナル進出を果たし、6位入賞。
そのわずか2カ月後には韓国で開かれたワールドカップ・チャンウォン大会でも5位に入賞し、立て続けに結果を出して見せた。

パラ射撃でファイナルへ進めるのは本戦を勝ち抜いた8人だけだ。ちなみに本戦は60分間で60発を撃ち総得点を競うが、ファイナルは細かく決められた制限時間内に規定の球数(最多で24発)を撃ち、最初に8位の選手が脱落。以降、勝ち抜きで勝負が決まる。
得点ルールはエアライフル種目の場合、10m先の直径0.5mm しかない的の中心を狙い、ど真ん中に的中すれば10.9点満点。そこから0.25mmずれるごとに10.8点、10.7点と0.1点ずつ減点されていく。

初めてファイナリストになった水田選手は、「ワクワクしました。日本の大会のファイナルと海外の大会のファイナルとでは空気感が全然違って新鮮でした」と生き生きとした表情で試合を振り返る。

 2021年9月に開催された東京2020パラリンピックでは、試合中の酸素吸入が認められず本戦で呼吸が苦しくなった。
抹消神経に障害が出る進行性の難病「シャルコー・マリー・トゥース病」を抱える水田選手は、四肢の筋力低下によって右ひじから先と左手の指先、両ひざから先の感覚がない他、2020年の春頃からは呼吸にも影響が出ている。
試合中、意識が朦朧とし「40発目の前から苦しくて、よく覚えていない」と語った水田選手。
それでもルールはルールと割り切り、「次のパリ大会を目指すなら、どんな環境でもパフォーマンスを発揮しなければならない」と試合後は記者たちの前で気丈に振る舞った。

 完全に気持ちを切り替えられたのは、大会後に取れた1カ月の休養期間だった。
「終わってみると、パラリンピックに『出る』ことが目標になっていたのかなって。出場して自己ベストを出すつもりで練習していたけど、出られること自体にどこか満足してしまった自分がいたのかもしれません。酸素吸入の禁止も大会2〜3カ月前から分かっていたことで対策が必要だったんですけど、具体策が見つかりませんでした」

 自分の至らない点を認めることができた時、彼女の中で覚悟が決まった。
「よし、次のパリ大会に向けて足りない部分を補って、今度こそしっかり準備しよう」

練習スケジュールの見直しと体調管理

練習スケジュールの見直しと体調管理
練習スケジュールの見直しと体調管理

 パリ2024大会を見据え、思い切って競技中の酸素吸入を止めた水田選手は今、試合前に呼吸を調整する方法を試している。

「試合前は選手のみんなとお喋りすることが多かったんですけど、一人で呼吸を整える時間にあてるようになりました。普段、選手は日本全国に散って練習しているので、大会で会うと「久しぶり!」「最近調子どう?」って、つい話が盛り上がっちゃうんです。あと競技中にちょっと苦しくなってきているなと思ったら、少し落ち着く時間を取れるよう、前半から射撃のリズムや時間配分を考えるようになりました」

これらの対策が奏功し、今年に入ってからは競技中に呼吸が苦しくなることはないという。

普段の練習方法も見直した。
東京2020パラリンピックまでは、やりたいだけ練習をしていたというが、今はある程度一定の状態と感覚で一定量の練習をこなすやり方に変えた。これも体調管理の一貫だ。

「1週間のうち2日はリモートワーク勤務、3日は練習が基本なんですが、以前は特に練習時間を決めず3時間ずっと撃っている日もあれば、30分しか撃たない日もありました。それを東京パラリンピック後は1時間半を目安に撃って休憩を入れるというのを、体調に応じて何セットやるというふうにしました」

1時間半に設定した根拠は試合で射撃時間が1時間、準備に30分を要するためだ。
ただし、実戦に近づけた練習かというとそうではなく、「車いすに座っている時間を意識した」と水田選手は言う。

「座位の時間が長くなると体が痛くなるんですよね。例えば午前中に練習をやりすぎると午後の練習の調子が落ちたり、週の前半にたくさん練習しすぎると週の後半は体力的にちょっときつくなったりすることがあって、『あれ? 練習が身になっていないんじゃない?』と思ったんです。それで練習時間を見直したら、決められた時間の中で優先順位をつけて練習できるようになって、練習計画が立てやすくなりました」

その効果が6月のワールドカップ・シャトールー大会6位と8月のワールドカップ・チャンウォン5位という2つの入賞に表れたことは言うまでもない。
そして、さらにレベルアップを図るため、静かにトリガーを引けるという彼女の得意な動作を維持したまま、苦手意識のある照準の精度を上げることにも注力。銃そのものや射撃テーブルのセッティングを変え、より理想的な姿勢で撃てるポジションを模索中だ。

「同世代に射撃を知ってほしい」

「同世代に射撃を知ってほしい」
「同世代に射撃を知ってほしい」

パラ射撃のパリ2024パラリンピック日本代表選考基準はまだ発表されていないが、水田選手はすでに今シーズン前半のワールドカップ2大会と、11月にアラブ首長国連邦で開かれた世界選手権アルアイン大会(本戦37位)の3大会で3つのMQS(最低基準点=Minimum Qualification Standards)を獲得している。日本代表になるには2つ以上のMQSを持っていることが必須条件だ。

だがそもそも、日本が国・地域の出場枠を得なければ彼女のパラリンピック出場は叶わない。そこで水田選手をはじめ日本の選手たちはワールドカップや世界選手権など出場枠獲得対象となっている主要国際大会で「ダイレクトスロット」を狙っている。
 ダイレクトスロットとは、全13種目あるパラ射撃競技の各種目で1位になった選手の国・地域に出場枠が1つ与えられるシステムだ。

 病気の進行については、「全く心配がないと言えばウソになりますけど、実際には分からない部分があるので、あまり考えずにいこうかなと思ってます」と本人。
 そんな彼女の得技は「忘れる」こと。「昨日のことも忘れちゃう」と自嘲するが、そのおおらかさが過去にとらわれず前を向く力と「試合で全く緊張しない」という度胸の良さに繋がっている。

 中学2年生の春にシャルコー・マリー・トゥース病の診断を受ける以前は、3歳から習っていたクラシックバレエの流れでダンスに夢中だった。今でもYouTubeでダンス動画を見るのが楽しみだといい、特にK-POPアーティストの大ファンを自負する。
病気を発症してからダンスは踊れなくなってしまったものの反復練習には慣れていて、エアライフルのトリガー(引き金)を引く動作も「指先の感覚がないのと、撃つ姿勢になるとトリガーと指の位置を目視で確認できないので鏡を見ながら何千回何万回と練習し、1年半ほどかけて無意識でも引けるよう、とことん体に覚え込ませた」と言う。 

そしてもうひとつ、大好きなのがピンク色。ライフルジャケットや射撃テーブル、髪やネイルもピンク色で国際大会へ行っても「あの日本のピンク色の選手ね」と有名だ。
「最近は海外の選手にもブルーやオレンジの髪の子が出てきて面白いです」と水田選手は愉快そうに話す。

 射撃というと日本では厳重な銃刀法やシニア世代中心のスポーツというイメージがあり、近寄り難さは否めない。しかし、彼女のような自由な感覚の若い選手がいるおかげで既存のイメージが変わりつつあり、射撃に興味を持つ人が増え体験会を始めとするイベントも増えている。
 水田選手自身、射撃と出合ったのは講演会で、アテネ2004、北京2008、ロンドン2012の3大会に出場したパラ射撃の田口亜希選手が楽しそうに話すのを聴いたのがきっかけだった。

「もっと多くの人に射撃を見てもらいたい。特に自分と同世代の人たちに知ってほしいです」
 そのためにももう一度、夢の大舞台パラリンピックへ。彼女の眼差しはその一点に絞られている。

PROFILE
  • Profile image.

    水田 光夏(みずた みか)

    1997年8月27日生まれ。東京都町田市出身。
    白寿生科学研究所 所属、勤務。
    2016年、19歳で本格的にパラ射撃に取り組み始める。
    2017年全日本選手権で初出場にして2位。
    2019年世界選手権ではエアライフル男女混合10メートル伏射で24位となり、
    東京2020パラリンピック日本代表に内定した。
    2019年から全日本選手権4連覇中。
    2021年東京2020パラリンピック 混合エアライフル伏射SHクラス34位。
    2022年W杯シャトールー6位入賞、W杯チャンウォン5位入賞など。

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